編集後記集
【メルマガIDN 第052号】

■アトリエコンサート 【NO52・040601】
  ひさしぶりに伊藤ハープシコード工房の「アトリエコンサート」に行った。チェンバロ製作者の伊藤福一さんが春と秋に開催しているもので、今回は第12回目。2000年の春の第4回に出席したのが最初だった。伊藤さんの工房は千葉の房総半島の中ほど、ゴルフ場が沢山ある地域の真ん中にあるが、我が家からは40分ほどで行くことが出来る。

  伊藤さんは自ら製作したチェンバロを使用する、若手の奏者によるコンサートを開催してきた。工房の隣の住宅のホールが演奏会場になっている。住宅の1階には、玄関を入ったところに広い土間があり、上がり框が段になって和室につながる、という昔の農家を思わせるつくりになっている。土間はきれいな瓦タイルが敷き詰めてあり、履物は脱いであがる。床に椅子を並べ、段になっている上がり框も客席。ホールは2階から屋根裏までの吹き抜けになっており、吹き抜けに面した2階の廊下は特設のバルコニー席となる。以前には20人強の聴衆だったが、今回は50人近くの参加者で、2階のバルコニーまで満員だった。

  今回の奏者は91年に芸大の器楽課ピアノ専攻を卒業した上尾直毅さん。アムステルダム・スウェーリンク音楽院に続いてデン・ハーグ音楽院を卒業後、オランダ室内管弦楽団のチェンバロ奏者を務める傍ら、ヨーロッパ各地で鍵盤楽器奏者として活動した。18世紀フランスで流行した小さなバグパイプ「ミュゼット」についても研鑽を積み、研究成果をインターネット上に発表している。

  アトリエコンサートでは、奏者のトークも楽しみである。上尾さんは、チェンバロとクラヴィコードについて説明してくれた。クラヴィコードの原理はチェンバロと同じで、弦をつめではじく。黒鍵(白と黒がピアノとは逆になっている)が31程度で、サイズは小ぶりであり、発生する音も小さい。しっかり弾かないと指をはじかれることもあり、子供の忍耐力を養う目的でも利用されたと説明してくれた。

  曲目は、J.S.バッハ(フランス組曲第5番・パルティータ第4番)、C.P.E.バッハ(幻想曲イ長調・スペインのフォリアによる12の変奏曲)、W.F.バッハ(幻想曲ホ短調)、J.ハイドン(ソナタヘ長調)。バッハ父子とハイドンやモーツアルトの活躍した時期は重なっている。上尾さんは聴衆に興味を持たせながら説明をしてくれた。また、パルティータの曲の説明の中で、ニ長調はトランペットの調子であり、神と王のための曲、序曲は王様の入場、アルマンドとサラバンドはミステイリアス、など。演奏者であるのに、音楽の先生かと思えるほどの説明上手だった。

  普通はアンコールはやらないと言いながら、J.S.バッハの「インベンション第1番」を弾いてくれてコンサートを終了。戸外では鶯の鳴き声も聞こえていた。演奏終了後、前もって準備してあったドリンクとおつまみを皆でホールと和室に並べて演奏会場が懇親の場に変身。上尾さんも伊藤さんも参加してそれぞれが、ワインやコーヒーや紅茶と会話を楽しんだ。住宅の1階と2階には5台のチェンバロが置いてあり、演奏に使用されたチェンバロやクラヴィコードに触ってみることも許されている。隣の工房にも足を運び、製作中のチェンバロを覗き込んで、楽器の構造も知ることが出来た。

  伊藤さんはサラリーマンをやめてチェンバロの製作を始めたそうだが、「どうしてチェンバロつくりをはじめたのですか?」とたずねたら「なんとなく」とはにかんだ様子で返事が返ってきた。運転をしなければならないので、ワインとチーズを横目で見ながらコーヒーとクッキーをご馳走になって帰途についた。

龍のコンサート三昧 アラカルト