■編集後記 ヨーロッパにおける「竜」と「龍」
年初にヨーロッパにおける「竜」と「龍」をテーマとして取り上げてみたい。06年の春から、「龍の謂れとかたち」というホームページを始め、1年半を経過し、龍に関する雑学を重ねてきた。「龍」については、日本、中国、ヨーロッパ、インドなど、地域によって異なった見方をされていることがわかった。06年はベルリン、ウィーン、ザルツブルグへ行き、07年はスペインへ行く機会があり、ヨーロッパの「竜」と仲間たちに出会うことが出来き、「竜」に対する理解が深まった。
国と地域による「竜」と「龍」
中国では2つの角と五つの爪を持つ「龍」は皇帝を象徴するものとして神聖視されている。万里の長城は6千キロメートルの龍、龍頭は東の老龍頭(らおろんとう)で龍尾は西の嘉峪関(かよくかん)だとされている。
わが国では、『古事記』に出てくる「八俣のおろち」の話もあるが、中国と同じような見方をしていることが多い。「龍」を吉祥の印とし、龍神に雨乞いをする祭りなど方々で見ることが出来る。
しかし、ヨーロッパにおける「竜(ドラゴン)」は、秩序を乱す邪悪、醜悪なものとして位置づけられている。キリスト教では、大天使ミカエルや聖ゲオルギウスによって退治される対象となっている。英雄に退治される「竜」の話や、竜退治をモチーフにした絵画も多く見られる。
竜のイメージ
『はてしない物語』はファンタジーであるが、下記のような恐ろしいもの、邪悪なものといての「竜」のイメージを創っている。
《翅は、ねばねばした幕で出来ていて、広げると32メートル、飛ばないときは 巨大なカンガルーのように立っている、体はかさぶただらけのねずみに似ている、しっぽはさそりのしっぽで、毒針にちょっと触れただけで絶体絶命死んでしまう、後足はばったの足。前足は赤ん坊の手に似ているが、恐ろしい力が秘められている、首は長くてかたつむりの触角のように出したり引っ込めたりできる、3つの頭があり、ひとつは大きくて、わにの頭に似ていて、口から氷の火を吹くことが出来る・・・》
【岩波書店発行 ハードカバー版より 日本語版訳:上田真而子・佐藤真理子】
竜(ドラゴン)退治の典型的な2つのお話
竜(ドラゴン)退治の典型的なお話を2つ紹介しよう。
ひとつは、新約聖書の最後に載せられている
『ヨハネの黙示録』の第12章。
悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす巨大なドラゴンが登場する。七つの頭と十の角とがあり、その頭に七つの冠をかぶっている赤いドラゴン(図を参照)。天上で、ドラゴンとその使い達は、天使ミカエルとその御使たちと戦って負け、その使たちもろともに地上へ投げ落とされ、地下深くに閉じこめられた、との記述がある。
もうひとつは、
聖ゲオルギウスが竜を退治する話。これは、英雄の竜退治も共通している。
町の近くの湖に悪いドラゴンが住んでいた。人々はドラゴンをなだめるために生贄を毎日捧げていたが、ある日王は自分の姫を捧げることになってしまった。王は嘆き悲しんでから姫を湖のほとりにおいて戻ってきた。たまたま そこを通りかかったゲオルギウスはドラゴン退治に乗り出すことにした。彼は湖のほとりで戦いを挑み、ついに竜を退治する。彼は王たちに4つのことを守るように言って町を後にした。この騎士の行動を見て多くの人がキリスト教に帰依し教会を建てた。これはキリスト教に密接に関係しているお話である。
北欧神話や、ワグナーの楽劇『ジークフリート』の中の話も良く似たストーリーであるが、こちらは英雄が悪い竜を退治することになっている。ジークフリートは竜の血を浴びることで不死身になり、鳥の会話を理解できるようになったりした。聖ゲオルギウスの話に内容が付加されて、竜が神秘的な力を有していることを強調している例である。
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ヨハネの黙示録 ベアトゥス写本
【ジローナのカテドラルにあったポスター】 |
ジークフリートの竜退治
【ベルリンの地下鉄リヒャルト・ワーグナー駅】 |
天使の竜退治
【ジローナのホテルの冊子】 |
竜の話のひろがり
スペインのカタルーニャでの話。白い馬に跨がり、甲冑をまとった一人の若い騎士サン・ジョルディがドラゴンと戦い、手にした槍でドラゴンを倒し、お姫様を救出する。溢れ出したドラゴンの血からは、美しい薔薇が咲き、サン・ジョルディは、最も美しい薔薇を手折り、永遠の愛のシンボルとしてお姫様に贈った。サン・ジョルディこと聖ゲオルギウスが殉教した日を「サン・ジョルディの日」とし、カタルーニャ地方では、街に花や本の市が立ち、ひとびとはプレゼント用に本や薔薇を買い求める。
ところが、カタルーニャでは単に伝説と祝日の話のみではない。当時のカタルーニャはフランコ独裁の時代で、人々はカタルーニャ語の使用が認められず、スペイン語の使用が義務付けられていた。カタルーニャ語の本を互いにプレゼントしあって、祖国への愛を誓ったそうで、カタルーニャの人々にとってはフランコが竜(drac)であり、独裁者を倒して自分達の国の独立を願って、危険なプレゼントを密かに行っていたといわれている。
ヨーロッパにおける「善い龍」
イギリスでは、ワイヴァーンと称される二本の足と翼を持ったドラゴンが霊力を持つ聖なる動物として扱われている。英国王室の紋章、ロンドン市の紋章、ロンドン橋、鉄道会社の紋章、レドン・ホール市場の入り口などに見られる。
ウェールズでは、赤い龍が国を守る龍として国の象徴となっている。ラグビーのウェールズ代表の愛称は「レッド・ドラゴン」であり、ラグビーの名門として力を誇っている。
ここに示すように、龍は超自然的な能力を持っている善い「龍」としての存在もある。それは神聖視されるもので、荘厳で、強力な意思を持つものとして崇拝されている。船に龍頭をかたどったものがあり、トレドでは闘牛士が使う刀剣の柄に龍のレリーフを、バロセロナでは建物の入り口に龍のレリーフを見た。
古代ローマでは強い力を象徴する龍を軍旗に用いて戦意を鼓舞していたというが、迫害される側のキリスト教から見ると、これは竜であり、害を与える邪悪なものとして位置づけられる。
『はてしない物語』や『ハリーポッター』では、ファンタジーとして竜退治の話が登場するが、聖ゲオルギウスを下敷きにしているように思えてならない。07年に出会ったガウディの竜(ガーゴイル)とグエル別邸の門に見る龍の扱いについては興味深いものがある。これらの話はまたの機会に譲る。
ヨーロッパでであった龍と仲間たちについては、
こちらをご覧ください。
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