編集後記集
【メルマガIDN 第160号 081201】

■編集後記 ヨーロッパで出会った龍と仲間たち 【その2】絵画に見るドラゴン(竜)
 前回は、《ヨーロッパで出会った龍と仲間たち》の中で、《彫刻》に着目し、ヘラクレスのことを取り上げた。今回は《絵画》に見るドラゴン(竜)を取り上げる。
 絵画の世界では、悪の象徴としての竜(ドラゴンが)退治されるシーンを描いた絵が多数見られる。以下に、私が出会った絵画におけるドラゴン(竜)の例を紹介する。

ティントレット
サタンと大天使ミカエルとの戦い




ハンス・フォン・マレー
ドラゴンを退治するひと



 
聖ミカエルと龍
左:バルトロメオ・ヴィヴァリーニ
右:14世紀シエナ派
ヨハネの黙示録:ティントレットの《サタンと大天使ミカエルとの戦い》
 ヨハネの黙示録の第12章に、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす巨大なドラゴン(竜)が登場する。天上で、ドラゴンとその使いは、大天使ミカエルとその御使たちと戦って負け、その使たちもろともに地上へ投げ落とされる、という記述がある

 ここに紹介するのは、ティントレットの《サタンと大天使ミカエルとの戦い》。ドレスデンにある、ツヴィンガー宮殿のアルテ・マイスター(古典巨匠絵画館)のイタリア絵画ゾーンに展示されている。
 アルテ・マイスターは1956年に多難な歴史を潜り抜け、ツヴィンガー宮殿の一角に再びオープンした。ラファエロの《システィーナの聖母》、レンブラント、ルーベンス、ルーカス・クラナッハ、デューラーなどヨーロッパを代表する画家たちの膨大な数の作品が公開されている。

 ティントレットは、マニエリズムの画家の一人で、ミケランジェロの構成、ティツアーノの色彩を受け継ぐ画家。なくなる直前にヨハネの黙示録をテーマにした絵を描いた。この作品もそのひとつであり、天の戦いのシーンを描いている。

 絵の右上には父なる神が両手を広げて愛を示し、その下には大天使ミカエルと彼に続く天使たちが竜に変身したサタンと戦っている。画面左上にはマリアとキリストが三日月を踏んで登場している。
【この項はアルテ・マイスターで求めたパンフレットより要約】

聖ゲオルギウスのドラゴン(竜)退治
 町の近くの湖に悪いドラゴンが住んでいた。人々はドラゴンをなだめるために生贄を毎日捧げていたが、ある日、王は自分の姫を捧げることになった。王は嘆き悲しんで姫を湖のほとりにおいて戻ってきた。たまたま そこを通りかかったゲオルギウスはドラゴンに戦いを挑み、ついにドラゴンを退治する。ゲオルギウスは、王が姫の夫にとの勧めを断って立ち去る。のちにゲオルギウスは聖人になった。

 ここに紹介する絵は、ベルリンの旧ナショナルギャラリー(Alte Nationalgalerie)にあるハンス・フォン・マレー(1837-1887)の1880年の作品。
 旧ナショナルギャラリーは、1867年から9年の歳月をかけて完成。19世紀後半から20世紀初頭のドイツ絵画を中心に展示している。1997年から大規模な修復工事が行われ2000年11月に再オープン。アドルフ・メンツェル、カスパー・ダビッド・フリードリッヒなどドイツ絵画、モネ、セザンヌ、ゴーギャン、ルノアールなどのフランス印象派の作品も展示してある。

 ハンス・フォン・マレーは、ドイツ美術史でも欠かすことができない、19世紀後半のローマのドイツ人画家ないし美術家の代表的人物のひとり。
 対仏戦争に勝利した後成立したドイツ帝国の公権力は美術に対しても国民意識の高揚を図る文化政策を強いた。ハンス・フォン・マレーはアルプスを越えてひとり画業に没頭した。絶えず自然との美術的な関係を直接に表明し得る形を見いだそうと努力していた。

 古代世界、聖書に出てくる物語、聖ゲオルギウス、聖フベルトゥス,聖マルティヌスのような聖人たちこうしたものが彼の想像力を掻き立てた。
【ハンス・フォン・マレーについては、高阪一治氏『コンラート・フィードラー《ハンス・フォン・マレー》』より要約】
 
 これは、スペインのカタルーニャでの話。白い馬に跨がり、甲冑をまとった一人の若い騎士サン・ジョルディがドラゴンと戦い、手にした槍でドラゴンを倒し、お姫様を救出する。溢れ出したドラゴンの血からは、美しい薔薇が咲き、サン・ジョルディは、最も美しい薔薇を手折り、永遠の愛のシンボルとしてお姫様に贈った。後に聖人となったサン・ジョルディが殉教した日を《サン・ジョルディの日》とし、カタルーニャ地方では、街に花や本の市が立ち、ひとびとはプレゼント用に本や薔薇を買い求める。
 聖ゲオルギウスとサン・ジョルディは同じ人で、読み方の違いである。
 
天使のドラゴン(竜)退治
 次に紹介する、バルトロメオ・ヴィヴァリーニの《Der Erzengel Michael mit der Seelenwaage》は《天使のドラゴン(竜)退治》をモチーフとした絵。ベルリンの絵画ギャラリー(絵画館)にある。

 絵画ギャラリーは1998年にティアガルテン地区に建設され、ベルリンフィルの本拠《フィルハーモニー》の隣に位置している。新しい絵画ギャラリーには、従来ボーデ博物館とダーレム美術館にあった絵画のうち、18世紀以前のものが集められた。13~18世紀のイタリア、オランダ、フランスの名画1400点以上を展示。ラファエロ、ルーベンス、フェルメール、レンブラントなどを所蔵している。
 ここには、世界に30数点しか残っていないフェルメールの作品のうち、《紳士とワインを飲む女》と《真珠の首飾りの女》もある。

 バルトロメオ・ヴィヴァリーニ(1430-1491)は、イタリア初期ルネサンスの画家。ヴィヴァリーニ家の始祖アントニオ・ヴィヴァリーニの実弟。アントニオ・ヴィヴァリーニの引退後は、固定されたポーズや透明感のある光彩表現、明瞭な輪郭線による単純な構図などマンテーニャの影響を強く感じさせる独自の様式を発展させた。ベルガモやヴェネツィア内陸部で成功を収めた。

 《天使のドラゴン(竜)退治》をモチーフにした絵は多く見受けられる。写真に示したもう一つの絵は、上野の国立西洋美術館の2階の常設展のゾーンの一角にある。絵の題は《聖ミカエルと龍》となっており、《14世紀シエナ派、テンペラ板》との解説があるのみである。この二つの絵の構図はよく似ているが、ジローナの美術館にある、修道院の祭壇の背後の上部に飾ってあった祭壇画も同じ構図になっている。

 今回は、悪の象徴としての竜(ドラゴンが)退治されるシーンを描いた絵を4つ紹介した。ここに紹介した絵のほかにも私のホームページで取り上げているので興味のある方はご覧いただきたい。【生部】

・ヨハネの黙示録:ジローナのベアトゥス写本《大天使ミカエルとサタン竜に変身したドラゴン(竜)との戦い》→こちら
・天使のドラゴン(竜)退治:ジローナの美術館にある修道院の祭壇の背後の上部に飾ってあった祭壇画の一つ→こちら
・英雄のドラゴン(竜)退治:ベルリンのリヒャルト・ワグナー駅のホームにある、ジークフリートのドラゴン(竜)退治→こちら

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