■編集後記 NHK放送文化研究所のシンポジューム《岐路に立つテレビ》 NHK放送文化研究所より2009年春のシンポジュームの案内が送られてきたので、事前登録をして09年4月16日にメルパルクホールへ出かけた。
今年は《岐路に立つテレビ》と題してパネルディスカッション形式でのシンポジュームが行われた。出席者には、堺屋太一、竹中平蔵、樋泉実(北海道テレビ)、前川英樹(TBSメディア総合研究所)、山川鉄郎(郵政省 情報流通行政局長)、金田
新(NHK)が名を連ねた。
《通信と放送の融合》という言葉は、堺屋太一氏が経済企画庁長官のときに言い出した。竹中平蔵氏は、総務相の時に《通信・放送の在り方に関する懇談会(通称竹中懇)》を立ち上げ、通信と放送の融合を言い出して業界からは猛反発を食らった。今回は、放送関係の実務者に混じってこの2人が登場したところにも興味を持って参加した。
NHK放送文化研究所より2009年春のシンポジューム
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テーマは下記の3つであるが、パート1に着目して、内容の幅を少し広げて書いてみたい。
・パート1 テレビ局の収支問題
・パート2 アナログ停波問題
・パート3 社会・地域への貢献の道
テレビ局のこれから デジタル化への負担、テレビ広告の構造的課題に、百年に一度の不況が加わるという、トリプルパンチに直面するテレビ局の経営は大丈夫か、という問題提起に対して意見が述べられた。
テレビ局は、これまでは電波の独占でゆるぎない地位を保ってきたが、インターネットの登場で独占は崩れた。今こそ必要なのはコンテンツ力を上げること、テレビ局のブランド力を生かすことだ、と竹中氏の冒頭の発言があった。
堺屋氏からは、10年前の金融の問題の時と同じ、東京中心のキー局体制、大量生産・分業など古い55年体制が放送業界に残っているのが問題である、との指摘があった。
テレビ局側ではTBSメディア総合研究所の前川氏が、メディア側からいえば告知力、消費者からみれば認知力という点でテレビ媒体は非常に強い、テレビ以外の媒体とどうリンケージすべきか、特にインターネット系メディアでの番組コンテンツの二次利用は大きな可能性がある、との認識を示し、放送外収入については、映画制作、物販、不動産ビジネス(赤坂の再開発)などを例として挙げた。
今回のシンポジュームのパート1はテレビ局の収支問題であるが、今後のテレビのあり方を見通す時に、《通信と放送の融合》が大きなポイントとなる。堺屋・竹中の両氏が居たにもかかわらず、問題提起がなされただけで、シンポジュームでは十分に掘り下げた議論がなされなかった。時の話題を2つ紹介する。
楽天(通信系企業)とTBSの3年半に渡る攻防の決着 楽天は2005年10月にTBS株の取得を公表して以来、2008年12月末までに発行済株式数に対する保有割合は19.83%に達した。楽天は株の取得と平行してTBSに対して、約3年半にわたって経営統合を要求してきた。
TBS側は、ネット企業に統合される(軍門に下る)のはイヤだ、ということで防御策を図ってきた。TBSは認定放送持株会社への移行を決議し、09年3月12日には認可を取得したたので、認定放送持株会社では特定株主による株式の大量保有ができなくなった(一株主の出資比率が33%までに制限される)
楽天は、「当社が当初より企図していたような、事業提携・共同事業その他の事業上の連携などによるシナジー効果の最大化を通じた企業価値・事業価値の向上という目的を達成することが困難となった」と判断し、TBSとの資本・事業連携を断念した。TBSが認定放送持株会社の認可を取得したたことが、楽天が経営統合を断念せざるを得ない大きな原因である。楽天は、08年12月期連結決算で評価損約650億円を計上した。
TBSが楽天の取得した株を買い戻す手続きがとられるが、両社価価格交渉が不調に終わり、裁判所の調停に持ち込まれることになった。(09年4月25日の朝日、5月1日の日経)
NHKの試み《NHKオンデマンド》 《放送と通信の融合》の試みとして、08年12月より《NHKオンデマンド》が始まった。これは、NHKが放送した番組(コンテンツ)をネット(通信)を利用して視聴できるサービスである。
《NHKオンデマンド》は、主にホームページから配信されるPC系と、テレビ系(アクトビラ、ビデオフル、J:COMオンデマンド、NTTぷららのひかりTVなどで視聴可能)に分かれている。
現在のサービスでは、見逃し番組(1日に10~15番組を放送の翌日から10日間程度配信)、ニュース番組(放送後数時間で配信を開始して1週間配信)、特選ライブラリー(NHKアーカイブスに保存されている名作や人気番組)を提供してくれる。このほか、見逃し見放題パック(月額見放題パック)というサービスもある。
会員登録数は09年3月末時点で、PC系については約4万3千人、テレビについては見逃し見放題パックの契約者数が約3千人となっている。3月の月間購入者数(稼動者数)はPCとTV合わせて約1万4千人(PC:7,500人、TV:6,600人)で、計画の8万1千人を大幅に下回っており、事業としての成立が危ぶまれているようだ。
エピローグ 楽天とTBSの《通信と放送の融合》に関する象徴的な動きが一旦収束することになった。以前よりこの世界に身をおいて、地デジの展開にも携わってきた、TBSメディア総合研究所の前川英樹氏より「インターネットは最良の友である」との発言があった。今回の楽天との決着により、安堵と余裕を感じる。この制度がテレビ事業の保守性を持続させ、新たな展開を阻害することになるかもしれないが、今後のメディア間の主導権争いは予断を許さないと思う。
楽天の思い切った試みは新しい流れを作ることは出来ず、《NHKオンデマンド》についても現時点では成功しているとは言いがたい。しかし、1995年頃から急速に発展してきたインターネットの発展はとどまるところを知らない。現在のテレビ受像機は主として放送系の端末として使われているが、近い将来にネットの端末としても広く利用されるようになった時に、新たなビジネスモデルによるサービスが誕生し、《通信と放送の融合》がなされるのはそんなに遠いことではないと思う。
なお、今回のシンポジュームは、5月31日(日)18時からの《日曜フォーラム(NHK教育テレビ)》で放映されることになっているので、興味のある方はご覧いただきたい。【生部圭助】