推理小説は大好きである。ずっと以前には、江戸川乱歩 横溝正史、松本清長などのシリーズや全集もよく読んだ。海外の全集では、推理小説のルーツともいえるエドガー・アラン・ポー、創元推理文庫で読んだエラリー・クイーンや《クロフツのフレンチ警部シリーズもの》など記憶に残っている。中でも、ヴァン・ダインの12冊については、それぞれの本格長編推理小説としての面白さもさることながら、12冊全体としても興味の尽きない内容になっている。
コーンウェルのシリーズの第一作目の『検屍官』
横溝正史の『悪魔の手毬歌』
ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』をもとに書かれた
クロフツの『英仏海峡の謎』 『樽』が見当たらない
ヴァン・ダインの12冊のシリーズ 40年も前のもの
『日本代表ミステリー選集 全12巻』の第1巻
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最近では、一人の作家の推理小説をまとめて読むのは珍しいことである。パトリシア・コーンウェルの検屍官シリーズの第一作目の『検屍官』から読み始め、いつの間にか十作目の『業火』まで読み終え、コーンウェルについては一区切りをつけることにした。
『検屍官』シリーズ
コーンウェルの1990年のデビュー作『検屍官』は、米国探偵作家協会(MWA)賞の新人賞(エドガー賞新人賞)、イギリス推理作家協会(CWA)最優秀処女長編記念賞(クリーシー賞)、マカヴィティ賞、アンソニー賞という、権威あるミステリーの新人賞4つを獲得した。
講談文庫『検屍官』は、相原真理子の訳で1992年1月に発売された。第十作目の『業火』が発売されたのは、1998年2月であり、検屍官シリーズは今も続いている。
作者のパトリシア・コーンウェル
コーンウェルは、1956年6月9日、米国のフロリダ州マイアミ生まれ。ノースカロライナ州デビットソン大学で英文学を学んだ。1979年からシャーロット・オブザーバー紙で記者として働き始め、のちに警察担当記者として犯罪記事を書いた。
1984年からバージニア州のリッチモンドにある検屍局に、最初はテクニカル・ライターとして、その後はコンピュータ・アナリストとして勤務。同時期にボランティアとして警察でも働く。この時代に得た経験が、彼女の小説の中で検屍の実務や先進的なコンピューターの使われ方が存分に生かされている。
主人公のケイ・スカーペッタ
スカーペッタはのちに、バージニア州検屍局長を辞任し法病理学者の資格で犯罪コンサルタントを行っているが、ここでは、第十作の『業火』までに書かれているプロフィールを紹介する。
スカーペッタは1946年6月生まれのイタリア系アメリカ人3世。祖先は北イタリア・ヴェローナ出身。
フロリダ州マイアミで生まれる。近所で小さな食料雑貨店を営む家庭の長女として生まれる。父はケイが12歳の年に他界。母と妹ドロシー(児童書の作家として高い評価を受けているが親としては失格)はマイアミに居住。ドロシーの子で姪のルーシーを親代わりと思いかわいがっている。
スカーペッタはリッチモントにあるバージニア州検屍局長であり、のちにFBI捜査支援課(元行動科学科)コンサルタント、FBI・ATF(アルコール・タバコ・火器局)顧問にもなる法医学者。バージニア大学客員教授を兼職。専門は病理学。医学博士の学位を持っている。
シリーズ開始時には40歳。身長160cmそこそこ、左利き、金髪・碧眼・色白、サボイやオーストリアにつながるゲルマン系の人目につく顔立ちをしている。
スカーペッタの私生活としては、6年間暮らした夫のトニーと離婚歴がある。愛人関係にあったFBI職員マーク・ジェイムスはロンドンのビクトリア駅でテロのそば杖を食って爆死し、失意の内にいたが、やがて、スカーペッタの協力者であり理解者であるFBIの心理分析官ベントン・ウェズリー(既婚者)と男女の仲になる。しかし、スカーペッタの男運はあまりよくない書きぶりになっている。
住まい、服装、料理、音楽、スポーツ、お酒やたばこの好みなどについても随所に書かれているが、車についてはベンツの崇拝者。92年型、350馬力、値段は8万ドル、アメリカに600台あるのみ、走行距離が少ない新車がルーシーに仕掛けられた事故で破壊される、エピソードなども織り込まれている。車については、作者コーンウエルの好みであろうか。
登場人物
検屍官シリーズでは、主人公のスカーペッタのプロフィールについて細かく書かれており、読者に近親感を抱かせる。また、登場人物の年齢の変化や状況の変化が人物描写とともに描かれている。人物同士の関係が変化したり発展したりするところにも、このシリーズの小説としての奥行と広がりを持たせている。
姪のルーシーが登場したのが、10歳の時。太っちょで眼鏡をかけた、コンピューターオタクの姪のルーシーは第4作の『真犯人』では17歳に成長。コンピューター技術にぬきんでており、FBIアカデミーで有能な研修生として、コンピュータプログラムの開発に携わり、のちにFBIの捜査官として活躍し、叔母であるスカーペッタの捜査を助ける。
警部補(のちに警部)のピート・マリーノは現場でたたき上げた警察官。スカーペッタは、粗野で太鼓腹で大男の警部補を疎ましい存在と感じたこともあった。マリーノも男性と肩を並べて仕事をするスカーペッタに敵愾心を燃やしたり、一次はスカーペッタを異性として意識し、ウエズリーとの仲に嫉妬した時期もあった。しかし、6作目ころからは、お互いの気心も知れ、お互いになくてはならない存在として、スカーペッタと絶妙のコンビを組み、事件の解決にあたる。
シリーズの特徴
『検屍官』シリーズのいずれの作品も、残忍で極悪非道、異常人格者の仕業としか思えない事件で幕を開ける。犯罪捜査における検屍官の仕事は、モルグに持ち込まれた被害者の遺体を解剖し検屍することよって、死の原因と様態を探り、事件解決のための手がかりつかむことである。
解剖室での検屍の場面は克明に描写され、リアルで臨場感がある。肩から胸骨、さらに骨盤へメスを走らせてY字切開により内臓を取り出し・・・、肋骨を切り・・・、頭皮をはがし頭蓋骨を鋸で切断し・・・。このような場面がリアルに描写される。半ば白骨化している死体や焼死体からも手掛かりを探すのも検屍官の仕事である。
また、殺害現場や被害者から採取されて犯罪科学研究所に持ち込まれた微細な証拠類をもとに、最新の機器やテクニックを使った綿密な科学捜査により事件を解決する手がかりを得る様子や、法医学のディテール、DNA鑑定などもその時期の最新技術として事件の解決に生かされている。
スカーペッタは、実際に検屍を行い、遺体から得た情報を提供するばかりでなく、マリーノ警部補や、FBIの捜査官と共に事件の捜査にも関わる。また、法廷で検屍結果を報告し、被告にとって不利な証言をすることもある。このようなことから、犯人に逆恨みをされて、窮地に陥ることも頻繁に発生するが、犯人との知恵比べや戦いも物語を面白くしている。
エピローグ
コーンウェルは、架空のことは書かない、リサーチと執筆にエネルギーを投入する、と自ら語っている。バージニア州の検視局で働いていた時代に得た経験をもとに、検屍の実務や先進的なコンピューターの使われ方などについてリアルに描いているところに検屍官シリーズの最大の魅力がある。
文庫本1冊のページ数は500ページを超すものもあり、読みでがある。この検屍官シリーズを読む場合は、第1作から順番に読むことをお勧めする。登場人物の年齢の変化や人間関係が変化する、時の流れの中で事件が発生し、解決されていくところにも、このシリーズの特徴がある。
今回、本棚の最上段に2重に並んでいる推理小説の文庫本の群の中に、推理小説を代表するといわれる、クロフツの『樽』とルルーの『黄色い部屋の謎』が見当たらなかった。あったはずなのに。しかし、『日本代表ミステリー選集』(角川文庫1975年9月~1976年3月)の全12巻はまだ残っており、埃を払って読み返してみるのも面白いかなと思う。
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