ヨーロッパにおける竜(ドラゴン)の系譜

【メルマガIDN編集後記 第236号 120215】

 今年は辰年。前回は《龍の起源》について現在私が理解している内容を私なりに整理して示した。ヨーロッパのドラゴンは、神の秩序や創造の力に対する混沌を象徴する悪魔として位置づけられている。聖人や英雄の敵として登場するドラゴンについては西洋の神話や伝承の中にたくさんの事例がある。このような事例を知ることが龍の起源についての理解を深くすることになると思うが、このことはしばらくおくことにし、今回は龍の起源にも深くかかわる《ヨーロッパにおける竜(ドラゴン)の系譜》を示す。


 ヨーロッパにおける竜(ドラゴン)の系譜


ヨハネの黙示録 ジローナのベアトス写本の挿絵
【ジローナのカテドラルに掲示されていたポスターを撮影】


聖ゲオルギウス ルーカス・クラナハ
【ジョナサン・エヴァンス著 浜名那奈訳 ドラゴン神話図鑑より】


ドラゴンを倒すシグルス コンラート・ディーリッツの作品の模写
【ジョナサン・エヴァンス著 浜名那奈訳 ドラゴン神話図鑑より】


ヘラクレスとヒュドラ(功業第二話)  アントニオ・ポライウォロ作
【ジョナサン・エヴァンス著 浜名那奈訳 ドラゴン神話図鑑より】

ヨーロッパの竜(ドラゴン)の系譜
 少ない経験ではあるが、コンサートツアーでヨーロッパに足を踏み入れ、暇な時間の昼間に歩き回ってドラゴンや仲間たちに出会い、右図のように仕分けて整理した。これは、ヨーロッパにおける竜(ドラゴン)についての私の理解を深めることに役立っている。
 ヨーロッパにおける竜(ドラゴン)を、まずキリスト教と神話の2つに分け、キリスト教については大天使ミカエルと聖ゲオルギウスに、神話については、ジークフリートとヘラクレスに区分した。

大天使ミカエル
 大天使ミカエルについては、新約聖書の最後に掲載されている『ヨハネの黙示録』の内容が基本となる。黙示録に書かれている大天使ミカエルとドラゴンとの戦いを、《写本》の挿絵、聖画像(イコン)、宗教画や彫刻に取り上げられ、多くの例を見ることができる。

<ヨハネ黙示録12章1-6節 太陽の女と七つの頭の竜>
 女は太陽を身につけ、月の上に載り、12の星の冠を戴いていた。この女性はすぐに出産しようと苦痛で叫んでいた。
 7つの頭と10の角を持ち、頭には7つの冠を載せている大きな赤いドラゴンが女の前に歩み寄る。ドラゴンの尻尾はきわめて長かった。このドラゴンは、女性が産んだ子供を食べてしまおうと待ち構えていた。
 生れた子供は男子で、将来人々を治める運命を持っており、この子供は天の神の御座に引き上げられる。女は荒野に逃げて、神の庇護を受けたという。

<ヨハネ黙示録12章7-9節 聖ミカエルとドラゴン>
 さて天で戦いが起きた。ミカエルとその御使の天使たちが、ドラゴンと戦った。ドラゴンと仲間の天使たちは応戦したが破れ、天に彼らの居場所はなくなった。そこで、この巨大なドラゴン(悪魔ともサタンともよばれる)は追放され、地に投げ落とされ、彼に従っていた天使たちもともに投げ落とされた。

聖ゲオルギウス
 カッパドキアのセルビオス王の首府ラシア付近に、毒気を振りまく巨大なドラゴンがいた。人々は毎日2匹ずつの羊を生け贄にすることで、災厄から逃れた。
 まもなく羊を全て捧げてしまい人を生け贄として差し出すこととなり、王の娘がくじに当たってしまった。王は城中の宝石を差し出すことで逃れようとしたが、許されず8日間の猶予を得る。

 そこに通りかかったゲオルギオスはドラゴンの話を聞き、ドラゴン退治に乗り出す。ゲオルギオスは生贄の行列の先頭にたちドラゴンに対峙、毒の息を吐いてゲオルギオスを殺そうとした開いたドラゴンの口に槍を刺して倒す。ゲオルギオスは姫の帯を借り、ドラゴンの首に付けて村まで連れてきた。
 ゲオルギオスは「キリスト教徒になると約束しなさい。そうしたら、このドラゴンを殺してあげましょう」と言って、異教の村はキリスト教の教えを受け入れた。

 後に、ゲオルギオスはキリスト教を嫌う異教徒の王に捕らえられ拷問を受け、斬首され殉教者となった、という後日談がある。

 聖ゲオルギウスの物語にもいくつかのお話があるが、いずれも、ドラゴンに襲われる町、生贄にされる王女、ドラゴン退治、異教徒の改宗、などがモチーフとなっている。

 スペインのカタルーニャ地方の《サンジョルディ伝説》では、白い馬にまたがり槍を持った騎士、赤いバラ(ドラゴンが流した血)がモチーフとして加わる。毎年4月23日は《サン・ジョルディの日 St.jordie’s day》とされ、愛する人に美と教養、愛と知性のシンボルとして、1本の薔薇と1冊の本を贈ってこの日を祝っている

ゲルマン神話ジークフリート
 北欧系の古い伝説には、邪悪なドラゴンが登場し、英雄ジークフリートに退治されるというお話がたくさんある。この毒のあるドラゴンは、ファーブニル(fevnir)、ファフニール(fefnir)と呼ばれるもので、大地を震わせて歩く怪物。
 心臓に魔力があり、これを食べたジークフリートは鳥の声が理解できるようになり、アルベリッヒの罠にかからずにすんだ。また、ドラゴンを退治したときに浴びた返り血により、ジークフリートは刃を受けても傷つかない体になった。

 ワーグナーが作曲した楽劇《ニーベルングの指環》の第二夜でジークフリートが登場する。ワーグナーは当初、北欧神話の英雄であるシグルス(右の写真参照)の物語をモチーフとした『ジークフリートの死』として着想したが、次第に構想がふくらみ現在の形となった。

ギリシャ神話ヘラクレス
 ヘラクレスはギリシャの神々の最高神ゼウスを父に、ペルセウスの孫アルクメーネ王女(人間の女)を母として生まれた半神半人。嫉妬深いゼウスの正妻ヘラは、二匹の毒蛇を送り赤ん坊のヘラクレスを殺そうとするが、これをヘラクレスがつかみ殺し、長じてギリシャ一の英雄と崇められた人物。

 ヘラクレスはアルゴスの暴君エウリュステウスに12の難題(12の功業)を命じられる。いずれも困難な無理難題だったが、超人的な力と神々の助けでこれらをやり遂げる。
 この功業が完了した後、ヘラクレスはケンタウルスのネッソスと争い、巫女であったデイアネイラを妻として勝ち得るが、後に妻子を殺すという悪行もしている。
 ネッソスの企みによってその血に浸され、毒となった衣をまとったために命を落とす。自ら火中に身を投じ焼死し、天に昇って星座に位置を占めた。

エピローグ
 大天使ミカエルの物語に対して当初は、天使と悪魔という概念でとらえていた。以下のような解釈があるので紹介しておきたい。
 天にいる一部の天使が反乱を起こす。神はこういう堕落した天使をドラゴンの姿にし天国から突き落とす。ドラゴンはもともと竜の形ではなく、天にいた天使がサタン(悪魔)としてドラゴンになり地上に落とされた。

 龍を語るときに、龍、竜、ドラゴンという言葉が登場するが、私は、《善い龍》と《悪い竜(ドラゴン)》の2つに使い分けている。文献の中にも同じ考えのものもあるが、あえて定義していないものも多く、定説かどうかはわからない。