聖ゲオルギウスの竜(ドラゴン)退治

【メルマガIDN編集後記 第238号 120315】

 今年は辰年。前回までに《龍の起源》、《ヨーロッパにおける竜(ドラゴン)の系譜》について私なりに整理して示し、前号では、《天使ミカエルとドラゴンの戦い》について紹介した。今回は、この系譜の中で、大天使ミカエルと関係の深い《聖ゲオルギウスの龍退治》について紹介する。


ノウゴロド 15世紀
【『ドラゴン 反社会の怪獣』
(ウーヴェ・シュテッフェン著 村山雅人訳 青土社)』】


王女を救う聖ゲオルギウス
【出展:ジョナサン・エヴァンス著 浜名那奈訳 ドラゴン神話図鑑】


MAIR Von LANDSHLIT(1455-1520)
DER HL. GEORG MIT DEM DRACHEN

ミュンヘン アルテピナコテーク 2010年に生部が撮影


ハンス・フォン・マレー(1837-1887)
The Dragon Slayer(竜を退治するひと) 1880年
【ベルリン 旧ナショナルギャラリー 2008年に生部が撮影


祭壇の前に立つ王とガーター勲位(英の最高勲章)の騎士たち
【ジョナサン・エヴァンス著 浜名那奈訳 ドラゴン神話図鑑


聖ゲオルギウスの龍退治 聖人伝(『黄金伝説』)
 メルマガIDN236号でも聖ゲオルギウスのお話のあらましについて記した。ドラゴンの生贄にされそうになった王女を白馬の騎士が助け、ドラゴンを退治するというお話であるが、ここにも奥深い意味が込められている。

 聖ゲオルギウスの信仰の強さを伝えた伝説は、多くの場所でその地方の伝説などが付け加えられて広まった。馬に乗ったドラゴンを退治する聖ゲオルギウスの描写が見つかったのは10世紀以降になってからのこと。
 聖人伝(『黄金伝説』)は、ヤコブス・デ・ウォラギネによって13世紀に編まれた聖人伝の選集であり、聖ゲオルギウスの伝説においても、すべての伝承の流れのまとめと言ってもよい。聖ゲオルギウスについては、個別の物語として古い殉教者の報告の前におかれている。

<物語>
 リュピア(現在のリビア)の小さな町シレナの近くに毒気を振りまく巨大なドラゴンが棲みついていた。ドラゴンは、湖や近くの森で獲物を捕らえて食べることに飽きると、猛毒を吐きながら目についたもの、人であれ動物であれ腹が満たされるまで食べた。

 町の人々はドラゴンの怒りを和らげるために、毎日2匹ずつの羊を生け贄にすることで、災厄から逃れた。羊の数が少なくなると羊1頭と代わりに若者か娘を生贄に差し出した。生贄は籤によって決めていたが、王の娘がくじに当たってしまう。
 王は城中の財宝や国の半分を与えるから娘を生贄にしないでくれと頼むが、自分の子供を生贄にされた人々は許さない。8日間、王は娘の不幸を嘆いたが、人々の要求に負け娘を犠牲にすることに。

 王女は、ドラゴンの棲む湖のほとりに連れて行かれて、ドラゴンが現れるのを待つ。王女は悲嘆に暮れてすすり泣いているときに、聖ゲオルギオスが馬に乗ってやってきて、王女になぜ泣いているかを尋ねる。王女は訳を説明し、危険だからゲオルギオスに早く逃げるように勧める。
 ドラゴンが水から這い上がって王女に迫った時、ゲオルギオスは馬に飛び乗り襲ってくるドラゴンに向かって馬を進める。ゲオルギオスはドラゴンが開けた口の中に槍を突き刺して喉を貫き(槍を投げて心臓を突き刺すという表現もある)、ドラゴンは大地に崩れ落ちる。

 王女が聖ゲオルギオスに言われたとおりドラゴンの首に帯をつなぐと、ドラゴンは飼いならされた子犬のようにおとなしく王女のあとについてきた。

 王女がドラゴンを町に連れてくると、人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。その時聖ゲオルギオスは、「恐れてはいけない。神様が、あなたたちをこのドラゴンから救うために私をあなたたちのもとへ遣わしたのです。ですから、キリスト教を信じ、全員洗礼を受けなさい。そうすれば、私はこのドラゴンを打ち殺してあげよう」という。
 王が洗礼を受け、国民のすべてが洗礼を受けた。ゲオルギオスは剣を抜きドラゴンを打ち殺した。

 この日、2万人が洗礼を受けた。王は聖母マリアと聖ゲオルギオスを讃えて美しい教会を建てさせた。祭壇の真下(祭壇の上との記述もある)から泉が湧き出て、この泉はそれを飲んだ人のすべて病人を癒した。

 物語は一旦ここで終わるが、以下のように続く。聖ゲオルギオスは王から莫大な財産の申し出を受けるが、彼はそれを受取ろうとせず、それを貧しい人々に分け与えてもらった。
 その後で、彼は王に四つのことを守るように勧めた。教会を保護し、司祭を敬い、熱心にミサを聞き、貧しい人々のことを忘れないように、と。
 それから聖ゲオルギオスは王に接吻して馬で去って行った。

 聖ゲオルギオスに退治されるドラゴンは、大天使ミカエルが天から地上に投げ落としたドラゴンであり、戦いは天上から地上に舞台を移したとみることができよう。

 聖ゲオルギオスは大天使ミカエルの地上の姿であり、天上でドラゴンに苦しめられた《太陽の女》が地上での王女である。すなわち、この女性はシンボル化された聖母マリアということであり、聖ゲオルギオスはマリアを救うことでキリスト教を守ったことで評価をされることになる。

 聖ゲオルギオスはドラゴンを退治した後で、王より王女の夫として迎えたいと願う、という記述も見られるが、王女が聖母マリアとすれば、二人は結婚してめでたしめでたし、とはできないことがわかる。
 英雄と処女の神聖な結婚式の代わりをするのは《洗礼》というところまでは、私の考えが及ばないところである。

聖ゲオルギウスの龍退治 十字軍戦士の守護聖人
 聖ゲオルギウスのもう一つの位置づけは、十字軍戦士の守護聖人。彼の赤い十字の紋はすべての十字軍の目印となる。

 1099年のエルサレムに侵攻のとき、指揮官の命令に従ってこの町を攻撃する勇気がない騎士たちの前に、赤い十字架の付いた白い鎧を着た聖ゲオルギウスが現れる。彼の合図により騎士たちは勇気を奮い起こして町を奪取し、イスラム教徒を打ち殺した。

 ここでは、聖ゲオルギウスは《キリスト教徒の将軍》であり、異教徒に対する戦いの象徴である。ここでは、イスラム教徒をドラゴンに見立てており、単なる善と悪の戦いではなく、政治的・世俗的な要素が入ってきている。

 ドラゴンは、敵対するもの、忌むべきものとして、キリスト教にとってはイスラム教であり、政治的な要素という見方をすれば、ヒトラーであり、スペインのカタルーニャ地方の《サン・ジョルディ伝説》では、退治されるドラゴンはフランコである等、いくつもの例を挙げることができる。

エピローグ

 今回は下記の3点を参考にした。
『ドラゴン神話図鑑』(ジョナサン・エヴァンス著 浜名那奈訳 柊風社)
『ドラゴン 反社会の怪獣』(ウーヴェ・シュテッフェン著 村山雅人訳 青土社)
『龍の文明史』(安田喜憲 編 八坂書房)より田中英道の『西洋のドラゴンと東洋の龍』
 翻訳された2つの文献は、地元の人が書いたものとして読み応えがあり、田中英道氏の記述はわかりやすく、《ドラゴン》と《龍》の意味づけも、私にとって賛同できるものである。

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