ギリシャ神話より《ヘラクレスのドラゴン退治》

【メルマガIDN編集後記 第240号 120415】

  今年は辰年。ヨーロッパの竜(ドラゴン)に興味を持ったのは、2006年にコンサートを聴きにヨーロッパへ行った時にはじまる。この年に、ウィーンの王宮のミヒャエル門の左右にある《海の力》と《大地の力》と名前が付けられた噴水の中にたくさんの竜を見た。
 帰国してから、このミヒャエル門にはヘラクレスの像があることを知り、2008年にふたたびウィーンを訪れたとき、ヘラクレスの像を見て写真を撮り、同じ年に、ドレスデンのツヴィンガー宮殿の北側のブロックの門にある彫刻でヘラクレスと思しき彫刻を見て写真におさめた。
 これらのヘラクレスの彫刻の写真を眺めながら、ヘラクレスのことを調べているうちに、《ヘラクレスの12の難業》を知り、これらの彫刻を、難業のシーンにあてはめることを試みた。
 昨年の後半から、改めてヨーロッパにおける《竜(ドラゴン)の系譜》を私なりに整理し、何冊かの本を調べているうちに、推測していたシーンが、より確かだと思えるものが出てきた。
 今回は、ヘラクレスの神話の中で、ヘラクレス生誕と幼いころの逸話、12の難業の中より3つのドラゴン退治などについて紹介する。


ヨーロッパにおける竜(ドラゴン)の系譜【236号の再掲】


蛇を絞め殺す幼いヘラクレス
ローマのカピトリーニ美術館蔵
【ジョナサン・エヴァンス著 浜名那奈訳 ドラゴン神話図鑑】



蛇を絞め殺す幼いヘラクレス  ベルリンのブランデンブルグ門
【2010年に生部が撮影】


ヘラクレスの彫刻 ウィーンのミヒャエル門(外側)
【2008年に生部が撮影 写真をクリックして詳細説明に】

 
ヘラクレスとヒュドラ(第2話)
左:ウィーンのミヒャエル門  右:ドレスデンのツヴィンガー宮殿
2008年に生部が撮影  写真をクリックして詳細説明に



ドレスデンのツヴィンガー宮殿のレリーフ
【2008年に生部が撮影  写真をクリックして詳細説明に



弓をひくヘラクレス(1909年)  怪鳥ステュムファリデス(第6話)
ブルーデル、エミール=アントワーヌ(1861-1929)
【国立西洋美術館前庭 2012年に生部が撮影】

ヘラクレスの誕生と逸話
 ヘラクレスはギリシャの最高神ゼウスと人間の女アルクメネのあいだに生まれた半神半人。ゼウスの正妻であるヘラは夫ゼウスの浮気に嫉妬し、人間の女から生まれた子供に敵意を抱くことから、物語は展開する。今回も、ジョナサン・エヴァンス著、浜名那奈訳『ドラゴン神話図鑑』を下敷にお話を要約して示す。

 ミケーネ王の娘アルクメネはミケーネの王位を継いだ従兄弟のアンフィトリュオンと結婚する。アンフィトリュオンは暴れる雄牛を鎮めるために投げた棍棒が義父にあたり、義父を死なせてしまい、アルクメネとともにクレオン王のもとに亡命する。

 美しいアルクメネは、夫アンフィトリュオンの留守中に、アンフィトリュオンに化けたゼウスと臥所を共にする。その晩遅く城に帰りついた夫とともに床に就く。そして、アルクメネは双子の男の子を出産する。

 イフィクレスは夫の種による子で、普通の子だった。ゼウスの子は祖父の名をとってアルケイデス(のちのヘラクレス)と名付けられる。ゼウスは全ギリシャを支配する王をアルケイデスにする予定だったが、ヘラの奸策により、エウリュステウスが王になる。そのために、ヘラクレスは苦難の道を行くことになる。

ヘラクレスの幼いころの逸話
 ゼウスの妻のヘラは、夫ゼウスの浮気に嫉妬し、2匹の毒蛇を二人のゆりかごに送り込む。ところが、赤ん坊のアルケイデスが蛇たちを捕まえて絞め殺し、ヘラのたくらみは失敗に終わる。これは、アルケイデスが将来大きなことを成し遂げるという前触れだった。

成人になるヘラクレス
 アルケイデスは、音楽、体術、剣術、様々な運動競技を学び、18歳のころには、180cmもある美男子に成人する。
 ある日、運動競技の腕前の褒美として、テスピオス王の宴会に招かれ、その地に滞在。王の50人の娘が彼の子を産んだ。

 アルケイデスは、テーベへ戻る途中に、テーベの敵を倒し、クレオンに気に入られ、娘のメガラを妻とし、子にも恵まれ、幸せに暮らす。
 しかし、アルケイデスはヘラ(父ゼウスの妻)のたくらみにより、発作的な狂気に襲われ、妻と子供たちにあらぬ疑いを抱き皆殺しにしてしまう。
 テーベを後にて行ったデルポイで、女の信託者によって《ヘラの栄光》と言いう意味の《ヘラクレス》という名に改名させられる。 さらに、12年間エウリュステウス(ヘラのたくらみによりヘラクレスの代わりにギリシャの王になった)に忠実に仕えることができたら、不死を得るであろうと告げられる。

 ヘラの姦策によってエウリュステウスに仕えることになり、ヘラクレスはエウリュステウスからいずれも実現不可能と思われる12の難業をこなすように命じられる。

ヘラクレスの12の難業
 ヘラクレス立ち向かう12の難業の中で、神話的な怪物のうち3匹のドラゴンまたはドラゴンみたいな動物が登場する。

ヒュドラ(第2話)
 レルナの沼地に棲むテュポンとエキドナの子であるヒュドラは、周辺の土地を荒らし、人や家畜を殺していた、ヒュドラには9つの頭があり、不死以外の頭が切り落とされると、そこから2つの頭がはえてくる。ヘラクレスが対峙した時には、ヒュドラの頭は百かそれ以上になっていた。
 ヘラクレスが頭を切り落とすたびに、イオラオス(ヘラクレスの甥)が切り口を焼き焦がして、新しい頭が生えてこないようにした。最後に不死の頭を切り落とすと、ヒュドラはみずから流した猛毒の血たまりのなかで死ぬ。ヘラクレスは自分の矢の矢じりを血に浸し、武器とした。

ゲリオンの牛(第10話)
 世界の西の果てのエリュテイア島がありその島では、牛の群れがいた。牛の群れは巨大なドラゴン《ゲリオン》がその番をしていた。ヘラクレスは、その島を見つけ、牛の群れを生け捕りにし、王のもとに連れ帰ることを命じられる。

 ヘラクレスは長い旅をしてその島にたどり着き、エウリュティオンと番犬オルトロスを殺す。それから、人間の頭を持ち、鱗に覆われ、先のとがった尾をとぐろに巻いているゲリオンと戦い、毒矢の半分を使いゲリオンを倒した。

 牛を連れての帰郷の旅は長くつらいものだったが、テーベに帰り着き、エリュテイア島の牛をエウリュステウス王に献上した。

ヘスペリスの黄金のりんご(第11話)
 ヘラクレスはエウリュステウス王から、西の果てにある楽園ヘスペリデスの中央にある巨木の黄金のりんごをもいで、エウリュステウス王のもとへ持ち帰ることを命じられる。黄金のリンゴを食べると不死を得るとされていた。

 海神ネレウスに楽園への道をひそかに教えてもらい、リンゴの樹へ続く道を見張っている百の頭を持つドラゴン《ラドン》を見つける。ヘラクレスはラドンを魔法で眠らせてから殺し、リンゴを手に入れた。

エピローグ:アガサ クリスティの『ヘラクレスの冒険』
 ヘラクレスのことを調べているときに、アガサ・クリスティがヘラクレスの12の難業を下敷きにして書いた、連続短編集『ヘラクレスの冒険(1947年)』を読み返してみた。
 クリスティは、初期の作品で独創的なトリックを次々と生み出したが、この作品を書いたころから、初期の才気走ったものから奥深いユーモアに富んだ作品に変化し、クリスティらしい味わいが出てきたと言われる。

 クリスティの小説に名探偵エルキュール・ポアロが登場し難問を推理し解決する。
 ヘラクレス(Hercules)をフランス語読みすると、名探偵のファーストネーム《エルキュール》となる。ヘラクレスとエルキュールが同じだと初めて知り、クリスティのしゃれっ気をあらためて感じるところとなった。

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