歴博フォーラム~巳年の初噺~
国立歴史民俗博物館(歴博)では、年初にその年の干支にちなんだ歴博フォーラムを開催している。2011年(第77回)には《新春 うさぎばなし》、2012年(81回)には《新春 たつ》、そして2013年1月19日の第87回では《巳年の初噺》というテーマでフォーラムが開催された。 フォーラムでは、研究員の研究成果、研究員が蓄えた薀蓄、前年にフォーラムのために干支について実施した調査結果など盛り沢山の報告があり興味が尽きない。今年も会場となるヤクルトホールはほぼ満席だった。
館長はい例年、開会の挨拶と1枚の資料により短いお話をされる。今年は、『常陸国風土記』より、《蛇と環境史》と題しての噺だった。 摩多智は谷頭の湧水を利用した谷戸田を開発した際に、神の地(ところ)と人の田を棲み分け、蛇の形をした《夜刀神(土地神)》を祭り敬虔な態度をとった、壬生連麻呂が築堤により谷を用水池とする大規模開発を行った際、土地神を《殺せ》と命じた、この2つの噺を紹介された。 初噺 フォーラムでは、右の図に示す5つのテーマで研究員からの報告があった。それぞれが相互に関係し、重複するところもあるので、9つに組み替えて以下に記す。 (1)新石器時代の造形物に蛇の姿を見る 中国では、紀元前3500年から2500年ころにも、蛇を水神とみなし、稲妻を蛇の化身とした、蛇の霊的な力に対する信仰が存在した。 新石器時代の造形物玉器や土器の装飾において蛇の姿を造形的なモチーフとして見出すことが出来る。 (2)龍蛇の神々:龍蛇の混同 中国の想像上の動物である龍は、日本では蛇と結び付けられ、その形態も役割も龍にあまり差がなく混同が認められる。 (3)蛇には吉と凶と両面がある:天の虹・地の鰻 蛇は吉と凶と両面あるが、どちらかと言うと凶で扱われる事が多い。蛇はネズミを捕るので家や屋敷を守る、蛇を夢に見ると幸福または金運に恵まれる、蛇の抜け殻は致福・安産・治病の効験がある、虹(蛇に見立てる)の根元には財宝が埋まっている、などは蛇の吉の面をあらわしている。 自然界で起こる天災等の原因となる。蛇抜(じゃぬけ:巨大な蛇が動くことで災害が起こる)、日本列島を龍蛇が取り囲んでいる、などは凶の面をあらわしている。 仏教的な主題の中では肯定的なイメージとしてとらえられ、福徳をもたらすシンボリックな存在としても認識さる。 (4)弁天信仰:仏教・弁才天 弁財天は、古代インドにおける水にまつわる神だったが、仏教と結びつき音楽・技芸の守護神となり、水界をつかさどる仏として蛇とも習合し、弁財天(江の島、不忍池、井の頭池など)が干支の巳を表すこととなった。 (5)干支と歳旦摺物:貝と江の島 歳旦摺物とは、狂歌グループが自作の狂歌に浮世絵師が描く絵を添えて木版摺りし、年の初めに知人らに配るもの。蛇は執念の象徴のように不吉なものとされたので、蛇が直接描かれることはまれだった。歳旦摺物にはアイディアとひとひねりしたものが少なくない。 巳年の絵柄に《不忍池》の絵を添えるのはわかりやすい。巳年に《貝》が描かれるのも多いという。貝-貝細工-江の島-弁才天-蛇、と類推しなければならないが、これは難しい。 (6)女媧(じょか)と伏義:人面蛇身 前漢後期に陰陽五行思想が定着する中で、創世の神である人面蛇身の女媧に、人面蛇体の男神である伏義が組み合わされた。その後も、人面蛇身の女媧と伏義を対にする構図は、漢代を通じて普遍的なモチーフとなった。 神話や伝説の世界においても、女媧は人面蛇身の女神であり、天地開闢の世界において人間の生みの親ともいえる存在となっている。 人面蛇身(体)の考えは、安珍・清姫日高川伝説など中世以来の女性の執念と蛇とのつながりは、読本や合巻(草草紙の一種)など江戸後期の戯作のなかの重要なモチーフとして用いられた。 (7)玄武:亀と蛇の合体 古代中国に於いては、殷(商)の時代に龍が確立されて以降、蛇が単独で表現される事は少なく、玄武として亀と一体となった表現をされている。また、宇宙規模での性的結合が必要と考えた結果、亀と蛇の姿を以て雌雄結合を表現している。 陰陽五行思想が普及する前漢後期において《四神》も成立する。玄武は蛇と亀を組み合わせた合成獣として特異な形をしている。四神信仰において、北の玄武は、東の青龍、南の朱雀、西の白虎とともに四方のひとつを司る神である。玄武は北方を司り、冬・黒・水を象徴する存在である。 (8)蛇の造形:虫の一種・根付や自在置物 近代以前における蛇は、ムカデなどとともに地面を這う虫の一種とみなされることが多く、画題としても、虫の仲間として表されることが多かった。 ヘビは、なじみ深い爬虫類であるが、その姿かたちが忌み嫌われ、怨霊の象徴として忌避されたから、吉祥の意味合いを重視する美術工芸の主題として積極的に取り上げられることは少ない。 日本の絵画・工芸に見る蛇の意匠の多くは、仏教のモチーフや十二支の動物として、他の動物と共に表されるもの、あるいは故事・説話等を造形化したものである。 江戸時代以降は、蛇そのものに注目した造形として、とぐろを巻いた蛇の根付や細部まで動かすことが可能な自在置物が登場する。 恨みを持つ女の幽霊が蛇と化す場面など浮世絵師たちが手掛ける挿し絵の中にも見出される。 (9)巳正月:特別な正月儀礼 四国の中央部から西部にかけて、十二月の巳の日を中心に、その年に亡くなった人のために、特別な正月儀礼をおこなう風習がある。 エピローグ 龍楽者としては、十二支において龍の隣に位置する蛇はよく目につく。今回のフォーラムにおいても、蛇は龍と一体の概念としてとらえる噺も多かった。 昨年のフォーラム《新春 たつ》では、中国の河南省濮陽縣西水披遺跡で、紀元前4000年ころの墓に貝を敷き詰めて龍と虎らしき動物を表現している写真が投影された。この写真は明らかに、龍と虎の姿を見て取れるものであり、後日、この写真を歴博の上野祥史氏(考古研究系)よりいただいたのが懐かしい。 編集後記集 |