現代の若きお抱え絵師が妙心寺退蔵院方丈の襖絵を描く
【メルマガIDN編集後記 第262号 130315】

 《京都・妙心寺退蔵院 村林由貴 襖絵展~美の創造とそれを支える職人たち~》が東海東京証券(東京・日本橋)の1階ギャラリースペースで2013年2月4日から2月17日に開催された。《東海東京証券プレミア美術展》と名付けられたもの。
 退蔵院が、文化財の保存と若手芸術家の育成を目的に、無名の若手絵師が妙心寺の退蔵院のお抱え絵師となり、方丈(本堂)の襖絵64面を描くという進行中のプロジェクトについて広く知ってもらいたいとして開催されたものである。
 プロジェクトがはじまって約2年、同展では、《襖絵が創られる過程》に スポットをあて、絵師に選ばれた村林さんが描いた習作襖絵、半紙やスケッチブックに描いてきた練習画などが展示された。同時に、襖絵を描くために必要とされる道具としての紙・墨・硯・筆、襖を制作するための表装などの日本の伝統の職人の技にもスポットが当てられて展示がなされ、講演やパネルディスカッションが行われた。


妙心寺の正面 退蔵院は門を入ってすぐの左側にある
【撮影:2007年7月】


イベント会場風景【東海東京証券1階ギャラリースペース】


プロジェクトディレクターの椿 昇教授(京都造形芸術大学)と松山副住職


講演をする村林由貴さん


村林さんが寝泊りしている6畳の部屋の襖に描いた習作《龍と鳳凰》


筆と刷毛の展示【株式会社 中里】

退蔵院方丈襖絵プロジェクト
 退蔵院は、京都洛西に位置する禅寺・大本山妙心寺の塔頭(たっちゅう)として室町中期の応永11年(1404)に千本通松原に建立された。15世紀には妙心寺山内へ移り、応仁の乱後に現在地に移転している。

 現在、退蔵院には安土桃山時代の絵師狩野了慶によって描かれた襖絵が現存しているが、普段は取り外して保管されている。寺社では、重要な文化財の代わりに複製したものや何も描かれていない無地の襖を入れていることが多い。退蔵院は、無地の襖に若手芸術家の手で新たに水墨画を描かせるという、新しいプロジェクトを発足させた。

 かつて、大きな寺社や各地の城主は専属の絵師を雇い、絵師はそこに住み込み、修行により精神修養をしながら襖絵を描いて傑作を後世に残してきた。今回のプロジェクトでも当時と同じ手法を現代によみがえらせ、若い芸術家が世界に羽ばたく最初の一歩の後押しをするという意味を持たせている。
 また、既存の文化財を保全し、同時に新しい遺産を残す、という新たなモデルを作り、京都を《芸術の都》としてさらに世界にアピールしていこうという思いが込められている。

絵師の選考
 絵師の選考に当たっては、「若く才能がある」、「京都にゆかりのある」、「やりきる度胸がある」、「宗教や文化を尊重できる」という厳しい条件が課せられた。30名ほどが関心を示したが、応募者は8名、面接は3名に絞られ、2011年3月に京都造形芸術大学院を卒業した村林由貴さんが選ばれた。

絵師にえらばれた村林由貴さん
 村林由貴さんは1986年に兵庫県で生まれ、幼い時から絵を描き始め漫画家を目指しており、後にイラスト、絵画へと軸足を移した。今まで少女漫画を基調とした絵画や、鉛筆画やアクリル画などの分野を中心にさまざまな展覧会に出品するなど精力的に活動してきた若手芸術家である。大学時代にはビビッドな感情があふれる極彩色の絵を多く描いた。進学への気持ちが強く、特待生にもなり、コンペで賞金を稼いで大学院を修了した。
 村林さんは、退蔵院がどんな場所なのか、禅も仏教も知らないまま応募したとのこと。日本画も水彩画も未経験だったが、自分の描いた絵が64面の襖絵として立ち上がるのを見たいと、そんな一念で応募したという。面接で「襖、64面ありますけど描けますか」という問いに、「描けます…というか、描きます」とこたえたそうである。

お抱え絵師の進歩と進化
 2011年4月に現代のお抱え絵師が退蔵院本堂のすぐ裏手にある建物の2階にある6畳の部屋に住み込み、精神修練を重ねながら絵を描き上げる生活が始まった。
 以前はインターネットから画像を探してきてそれを見て描いたが、毎日朝6時からの掃除の時に、生の動植物を身近に見て、毎日少しずつ変わっていくさまを見て、生命が魅せる一瞬一瞬の表情の移ろいゆく様子を肌で感じるようになる。また、6月には静岡の龍澤寺で初めての禅の修行に参加する。

 描くことに関しては、村林さんが寝泊りしている6畳の部屋の襖に描くことの許しを得て、うっすらと茶色に変色している襖に描くことからはじまった。
 今回展示されていた《龍と鳳凰(写真参照)》の説明には以下の内容のことが書かれている。2011年末、習作として描ける最後の襖4面の前に立った時、龍と鳳凰を描こうと決心しました。素晴らしいものが多く描かれてきた龍と、細やかな羽の動きが難解そうな鳳凰。その2つのモチーフは、これまで描いてみたかったものの、恐れを感じて手を出せずにいました。(中略)舞い降りてきた龍と、天空を舞う鳳凰とが円を成して、ひとつの宇宙を描く、そのようなイメージで描きました。

 2012年の9月下旬頃より、壽聖院の書院の襖絵に取り組み、これまで壽聖院の襖5面に「春」「夏」「秋」「冬」の光景を描いてきた。現在は、壽聖院の本堂の襖絵を描く準備に入っている。ここまでは、準備段階との位置づけ。次に、いよいよ本番の退蔵院の本堂の襖絵にかかることになる。

 退蔵院には宮本武蔵が逗留し、本堂に住まわせてもらったことがある。武蔵の五輪書には、仏教において万物を構成するとされる五つの要素、地・水・日・風・空を冠した五つの巻に、自らが身に付けた兵法・剣術を書き残した。
 退蔵院の本堂は襖によって5つの部屋に分けられるが、その各部屋を、武蔵の五つのテーマをモチーフに、彼女なりの世界観を襖絵として描き切ってほしいと、このプロジェクトの立案者であり推進者である退蔵院の松山副住職は村林さんへ依頼しているという。

美を創造する道具と素材~職人技の粋~
 2月11日のパネルディスカッションには、青木芳昭教授(京都造形芸術大学)、物部泰典氏(京都・物部画仙堂)、五十嵐康三氏(福井・五十嵐製紙)が登場し、この襖絵プロジェクトにあたって400年先まで作品を保たせるための素材や技術についてディスカッションが行われた。

 会場には、今回使用された材料や道具が展示されていた。紙は五十嵐製紙、表具は物部画仙堂、墨は奈良の墨運堂、硯は奈良の笹川文林堂、筆・刷毛は京都の中里、絵具は京都のナカガワ胡粉絵具が受け持つ。道具の夫々には、詳しい説明パネルが添えられており、興味深い内容を学ぶことが出来るが、ここでは割愛させてもらうことにする。

エピローグ
 2011年2月に東海東京証券の同じ場所で開催された《京都・美の継承~文化財デジタルアーカイブ展》を見に行った。ここで紹介された《綴(つづり)プロジェクト》は、キヤノンの最新のデジタル技術と京都の伝統工芸の技を融合させ、オリジナルの文化財に限りなく近い高精細複製品を制作することを通して、多くの人に貴重な文化財の価値を身近に感じてもらおうとするものであった。
 証券会社が貴重な1階の店舗スペースを長期間提供し、イベントを開催することは、企業メセナ活動のひとつであるが、このような文化支援活動を継続的に行う企業に敬意を表したい。【生部 圭助】

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