現在我が家には、真空管アンプとデジタル時代には骨董品ともいえるスピーカーが鎮座している。若い頃には、レコードを聞く装置にもずいぶんのめり込んだが、ある時期から装置よりもソフト(当時はレコード)やコンサートに行く事に興味を移した。 スピーカーの種類は多く、気に入ったものは値段が高く選択に苦労した。1960年代の後半のこと。銀座の日本楽器の1階奥にオーディオ装置の試聴室があった。アンプ・スピーカー・プレーヤー(勿論カートリッジの交換も)を組み合わせて好きなレコードを聞く事が出来た。何回も通っているうちにお店の担当者とも親しくなり、私の好きなスピーカーも彼の知るところとなった。ある日彼が、「このスピーカー売りますよ、安く」といった。お目当てのスピーカーは、イギリス製のGOODMAN AXIOM 301のオリジナルを完全にコピーしたもの。箱の形状と材質は勿論、バスレフの開口部にはARU(アコースティック・レジスタンス・ユニット)が取り付けられ、箱の表面には桜のつき板が貼られていた。箱は充分に乾燥しておりいい状態だったが、スピーカー本体は酷使されており劣化が心配だった。相談のうえスピーカー本体を新品に交換してくれることになり、めでたく我が家の一員となった。
ちょうどその頃、ヨーロッパへの出張の話がありロンドンがコースに入っていた。ロンドンではロイヤルフェスティバルホールで海外初のコンサートを体験した。最終日の午前中で仕事関連行事もすべて終了し、夕方ヒースローを出発するまで自由時間があった。ホテルで場所を教わってスピーカーを買うべく出かけた。ロンドンにも電気製品やオーディオ部品を売っている「ロンドンの秋葉原」があった。何軒か店をのぞいたあと目指すスピーカーを見つけて交渉を開始した。こちらの英語も貧しかったが、お店の若い男性の言う事がさっぱりわからない。時間だけ過ぎて焦ったが、そのうちに彼は黙っていなくなり年配の男性を伴って戻ってきた。筆談も交えて結局分かった事は、私が欲しかったフルレンジの(一本のスピーカーですべての周波数帯域をカバーする)スピーカーはないということだった。1本のスピーカーが壊れたために、スピーカーシステムとして機能しなくなり、途方にくれて帰国した。 音楽のない生活を余儀なくされて寂しい時を過ごした。しばらくしてある雑誌の装置交換ページの「求めます」の欄に投稿してみた。すぐに譲りたいというひとが現れ、早速訪問した。私はスピーカー本体が2本あればよかったが、そのひとは箱も一緒に引きとてくれという。一時期せまい我が家にスピーカーが4台存在することになった。その時引き取ったスピーカーの箱は、Y社で製作したもので、形状は同じだがかなり異なっていた。スピーカー本体を2種類の箱に取り付けて音質の差の聞き比べも試みた。箱は2個で充分なので、再び同じ雑誌の「譲ります」の欄に投稿したら、欲しいというひとが現われた。彼は大変に喜んで2つの箱を引き取ってくれた。 このような経緯を経たスピーカーは今も健在である。今はもっと性能の良いスピーカーがたくさんあるが、CDのはっきりした音源に真空管アンプとこのスピーカーの組み合わせによる、人の声やピアノの音を気に入っている。もしこのスピーカーが壊れたら、次に何を求めるか途方にくれると思う。 ところで、壊れたスピーカーは処分したが、もうひとつは天袋の奥に保存されているはずである。現在住んでいるところに引っ越して以来20年以上その姿を見ていないが、探し出して棄てる気にはならない。 |