前号では、中国、朝鮮、日本で出会った陶磁器を彩る龍を紹介した。ヨーロッパには、海を渡った中国の磁器や伊万里をたくさん見ることが出来る。今回はヨーロッパで出会った陶磁器を彩る龍に目を転じてみたい。
ドレスデンのツヴィンガー宮殿の陶磁美術館のコレクションの中に、海を渡った伊万里や龍の絵柄のマイセンが展示してあるのを知り、これらの磁器を見たいというのが、2008年にヨーロッパのコンサートのツアーに行こうと決心した何番目かの理由だった。ミュンヘンのレジデンツやベルリンのシャルロッテンブルク宮殿の磁器についても紹介する。
マイセンはザクセン州ドレスデン地方マイセン郡の郡庁所在地で、人口約2万8千人ほどの工業都市であり、マイセン陶磁器とワインで有名である。 <極東の陶磁器の収集> 17~18世紀のヨーロッパの宮廷では極東の美術品に対する収集熱が盛んだった。中国の景徳鎮や日本の伊万里は《白亜の宝石》と呼ばれて珍重された。アウグスト強王(フリードリッヒ・アウグスト1世)が1710年から1730年にかけて収集した東洋の青い器を、居城だったドレスデン城に飾りつけた《陶磁装飾室(ポーセリン・キャビネット)》を作った。また、ドレスデン宮殿の対岸の宮殿を改装して《日本宮》と名付け、東洋の磁器を飾った。 <マイセンが生まれた発端> アウグスト強王は単に東洋の磁器を収集して飾るだけではなく、ザクセンの地で青い磁器を作ることを望み、エルベ川沿いの急峻な地形で要害として知られたケーニッヒシュタイン城内に研究室をつくる。ヨハン・フリードリッヒ・ベドガーらは研究に専念する。磁器の製法の秘密の流出を恐れた王はベドガーらをマイセンのアルブレヒト城に移す。 ベドガーらは1709年に製法を突き止め、1710年にアルブレヒトに磁器工場を設立し、1717年に染付け磁器の焼成に成功。日本の柿右衛門や中国の絵付けの技法をマイセンに取り入れた。 その後、日本の柿右衛門や中国の絵付けの技法をマイセンに取り入れた磁器が大量に生産された。《ドレスデン陶磁美術館》にはこのようにして生産されたマイセンの磁器が大量に展示されている。 ドレスデン陶磁美術館の龍の絵柄の磁器 ツヴィンガー宮殿は、ポーランド王でもあった選帝候のアウグスト強王の黄金時代に、建築家ペッペルマンと彫刻家ペルモーザが18年の歳月をかけて1728年に完成、18世紀のザクセン・バロック建築の最高傑作といわれている。 1945年に第二次世界大戦で壊滅状態になり、1988-1992年にかけて修復された。現在は、宮殿の中に《ドレスデン陶磁美術館》があり、強王の膨大なコレクションを展示する博物館になっている。 《ドレスデン陶磁美術館》は17世紀および18世紀の中国や日本の磁器、18世紀のヨーロッパの磁器(マイセン磁器)を2万個以上所蔵している。その半分が東アジアで作られたもの。 <マイセンの紅い龍の絵柄の磁器> ドレスデン陶磁美術館の一角に《紅い龍の絵柄の磁器》16点が展示されているのを見た。これらの製作期間は1731年から1774年にわたっている。絵柄は紅い龍であるが、たくさんの紅色や金も使われている。形は一見似ているように見えるが、それぞれが微妙に異なっている。 <ドラゴンの壷(龍騎兵の壷)> アウグスト強王は、プロイセンのフリードリヒ・ヴィルヘルム一世から多量の磁器(大きな壷・皿・鉢など)を購入した際に、自国の600人の龍騎兵と151個の磁器と交換した、という有名で悪評高い磁器収集ぶりを示す逸話が残っている。 ドレスデン陶磁美術館には12個の1メートルを越す中国の青花大壺《ドラゴンの壷(龍騎兵の壷)》を所蔵しているが、そのうちの展示されていた7個の写真を示す。 <龍の絵柄の現代のマイセン> マイセンは手工業の伝統を守りながら革新を目指した。現代のマイセンのテーマは《生きる喜びの表現》。食器のジャンルを越えた総合的な《磁器芸術》として現在も新しい作品を世に送り続けている。 2008年にドレスデンにあるマイセンのお店に寄り、《MING DRAGUN・RIM DECORATION》というカタログをもらった。このカタログには、龍の絵柄の磁器が特集されており、龍の絵柄、龍の彩色、リム(ふち)の有無やリムの色のバリエーションが示されている。 写真に示す龍の絵柄のコーヒーカップとソーサーは、ヒルトン ベルリン ホテルのショップに陳列されていたものを2010年に撮影したもののひとつである。 レジデンツの陶磁の間:ミュンヘン ミュンヘン・レジデンツは、旧バイエルン王国ヴィッテルスバッハ王家のかつての王宮であり、現在は博物館や劇場として一般に公開されている。 1385年シュテファン3世によって建設が開始され、増改築を繰り返して現在の配置となったのが19世紀のルートヴィッヒ一世の時代である。ドイツ革命でバイエルン王国が廃止された後に公開施設となった。第二次世界大戦で損傷を受けたが、戦後修復され現在に至る。 <龍の絵柄を染め付けた磁器> レジデンツには、《陶器の間》もあるが、見学の途中で磁器を展示してある棚の中に、龍の絵柄のある壺を見つけた。17世紀から18世紀の《染付け》の磁器と思われる。龍の爪が5本であることから、中国の皇帝に縁のあるものと見受けられる。 リヤドロ 2007年に、バルセロナとマドリードのリヤドロの店に行った。十二支がそろっているペンダントの中より龍のペンダントを求め、陳列している器の写真を撮らせてほしいとお願いした。さすがスペイン、写真撮影は禁止だけど、しばらく向こうを向いているからと言ってくれ、龍の絵柄をあしらったいくつかの器の写真を撮らせてもらった。 リヤドロのチャイニーズ・ドラゴン・コレクションより一点、龍の爪が美しく表現されている碗を紹介する。 エピローグ ヨーロッパへコンサートツアーに行った時に、海を渡った伊万里や中国の磁器を見たいと、注意を払っている。 中国の磁器のコレクションにおいてドイツでは最古で最大であるといわれるベルリンのシャルロッテンブルク宮殿の《磁器陳列の間》も忘れがたいる。この宮殿も大戦で甚大な被害を受けたため、ここで陳列されている磁器はオリジナルの磁器ではなく、ほとんどが新たに買い揃えたものとのこと。 ツヴィンガー宮殿のドレスデン陶磁美術館では、お金を払えば写真撮影が許可されるが、ここでは写真の撮影が許されていない。紹介する写真は絵葉書を複写したものである。龍の絵柄の磁器を紹介できないのは残念である。 編集後記集へ |