2004年の夏に私のサイト《龍と龍水》を立ち上げた。そして、約1年後に立ち上げたページ《龍の謂れとかたち》が私のサイトの重要な位置を占めている。《龍の謂れとかたち》の最初のページを公開してから9年以上が経過し、この間に出会った龍たちを紹介してきた。今回は、《龍の謂れとかたち》のページを始めた頃のことを記してみたい。
私が属しているNPO自立化支援ネットワーク(IDN)のサイトは、2000年5月に立ち上げられた。これを担当している方が居なくなって、私が引き継ぎ、それ以来今日まで更新を続けている。 また、2002年4月15日に《メルマガIDN》の第1号をホームページの形式で開始した。メルマガIDNについては、会員およびIDNに関係のある方に、メールで毎月1日と15日にお送りし、IDNのサイトに置いたメルマガIDNにリンクし見てもらっている。メルマガIDNも今日まで継続、今回が324号となった。 私のサイト《龍と龍水》 私のホームページを作り始めたきっかけは、ページ創りの練習が主な目的だった。IDNのホームページを引き受けて以来更新を続けてきたが、何か新しいことを試みるときに、自分のページで実験をしてからIDNのページに導入した。 2002年6月から12月にかけて、メルマガIDNに「龍のコンサート三昧」を連載した。会社人生のなかで1973年から1998年までの25年間に8回欧米に出張し、延べ18回のコンサートに行った。18回のなかで体験し印象に残ったこと、楽しかったこと、人との出会い、夜の街で恐い思いをしたことなどを12回にわたって連載した。 まず、《龍のコンサート三昧》を私のサイトに載せたいと考えて、《龍と龍水》を2004年の夏に立ち上げた。《龍と龍水》では、私の興味の対象にかかわる「よしなしごと」を紹介するところと、私が属していた花道会とその千葉ブロックでの活動を紹介する《龍水の花と華》に大別している。《龍の謂れとかたち》は前者の範疇に入るもので、今も頻繁に更新し、新しいページを加えている。 ホームページ《龍の謂れとかたち》 私は辰年生まれであり、龍に興味を持った。出会った龍の写真を撮り、その謂れを知りたいと思い、その成果を見える形にしたいと思ったことが、ホームページ《龍の謂れとかたち》を立ち上げた動機である。 2006年4月に、佐賀市松原の深川製磁(株)佐賀店で妹の孫のために兜の絵皿を買い求めた。帰りに、入り口に飾ってあった黄色が鮮やかな陶額が目につき、許しを得て写真を撮らせてもらった。 後日、同社の銀座ショールームに行き、撮影したものが陶板に絵付けしてある「竜錦手黄地(りゅうにしきでおうじ)」であることを知った。銀座ショールームでは、「竜錦手黄地 特大陶額」、「竜錦手黄地 L陶額」、「竜錦手黄地 片口水指」の写真をいただいた。本シリーズには、湯飲み茶碗、紅茶碗皿、龍手付ジョッキ、などもある。 戴いた写真を私のホームページに掲載したいとの希望に対して、作品の名称、サイズ、価格など、もちろん深川製磁(株)の名前も記載するという約束で、お許しを得た。 これが、《龍の謂れとかたち》の最初のページとなり、「ノリタケの2000年(辰年)のイヤープレート」などが続き、それ以来延々と9年以上の間に出会った龍たちを紹介し続けて、今日に至っている。 2006年に購入したコンパクトデジカメは「MINOLTA DiMAGE F200」。私のホームページ《龍の謂れとかたち》の初期の写真は、このデジカメで撮ったものである。 当時、デジカメに詳しい知人に「白が最もよく出るデジカメ」として推薦してもらったものであり、カメラメーカーがつくったデジカメとして気に入っていた。しかし、現在使っている一眼レフデジカメで撮った写真と比べると、いかにも力不足の感はいなめない。 作成した龍のページも膨大になり、自分自身が混乱してきたので、全体のページをカテゴリー区分して示すようにした。カテゴリーの項目を数えてみると30もある。カテゴリーの中を細分したり、特集ページを作成して、ページの全体を構成している。 エピローグ 今回紹介しているものは、《竜錦手黄地》であるが、深川製磁には、《竜鳳凰錦手黄地》もあり、深川製磁の「絵具職人」によって完成した「黄彩」については、下記のように言われている。 中国において「黄色」は、皇帝にのみ許されてきた色であることは広く知られている、中でも黄地竜鳳凰は、中国「明時代」の代表的な作品のひとつとして有名であり、この黄色の魅了を表現することへの難しさを思い知らされたが、深川製磁の「絵具職人」によって完成した「黄彩」は、深みのあるイエローゴールドを呈した透明感のある上品な色調に仕上がった。 2006年当時にこのページをアップした頃には、このようなことまで思いが至らなかった。今は、中国の皇帝のこと、「黄色」の持つ意味、皇帝用の器の龍の絵柄は5爪であるが、深川製磁の錦手黄地は4爪に遠慮したことなどよく理解できる。 このページをアップして9年以上経って、以上のようなことを書き加えることにした。 編集後記集へ |