「魔女」はスケープゴート:《魔女の秘密展》を見に行った
【メルマガIDN編集後記 第333号 160301】

 IDNでは2011年6月のふれあい充電講演会(第104回)にドイツ文学者で魔女研究家の西村佑子先生をお迎えして、《魔女とは何か?~ドイツの魔女の歴史から探る~》と題してお話をうかがった。
 この西村佑子先生が監修された《魔女の秘密展~魔女とはだれだったのか~2016年2月19日-3月13日》を原宿のラフォーレミュージアムに見に行った。
 ヨーロッパの中世から近世にかけて魔女の真実を紐解いていく《魔女の秘密展》では、ドイツ、オーストリア、フランスの30ヶ所以上の美術館、博物館の協力のもと、日本初公開を含む約100点が展示された。魔よけのお守り、まじないの道具、魔女裁判に関する書物や資料、拷問道具、魔女をテーマとした絵画などの資料で、災いをもたらすものとしてのヨーロッパの魔女像から現代日本のコミックに登場する魔女たちまでイメージの変遷が紹介された。

写真1:魔女の秘密展 チラシ


写真2:アルブレヒト・デュラー 《空を飛ぶ魔女》
【絵葉書より】


写真3:ルイ= モーリス・ブーテ・ド・モンヴェル
《サバトへ行く前のレッスン》
【絵葉書より】


写真4:空飛ぶ魔女
【ミュージアム・ショップの展示】

1章 信じる

 古代において、「魔女」は精霊や神などの力を得て、呪術や医療行為などに携わった(主として)女性のことである。
 ヨーロッパが中世から近代へ移行する頃まで、人々は魔女を身近な存在として信じていた。当時、魔女は悪魔従属し、超自然的な力で害を為す者」として忌み嫌われていた。人々は魔女から自分の身を守るため、普段からお守りを身につけ、呪文などを唱えた。また、錬金術などの近代的知識は当時の人々からすれば、魔法のように思えた。

2章 盲信する
 近世になると、それまで「魔女」を嫌っていながらも受け入れていた世界が一変する。この時代は「変革と困難の時代」といわれる時代だった。飢饉や疫病、戦争などといった不安や苦しみが人々を襲い、その不安のはけ口として次第に魔女が糾弾されるようになった。
 15世紀初頭から、神学者や法律家が魔女の存在を理論化しようと試みたが、1486年に決定版ともいえる『魔女に与える鉄槌』が出版された。そこには、悪魔と魔女の関係、魔女の見分け方、魔女の使う魔術、魔術を使ったと自白させるための尋問や拷問の仕方などが詳しく書かれていた。
 新しい技術のひとつ、活版印刷機によって魔女に関する書物やチラシが印刷され、情報が広く流布され、多くの人々の目に触れることとなった。悪い魔女のイメージが広い範囲にいきわたり固定化されていった。

3章 裁く
 キリスト教が有力になると、これら教義に合わない奇跡を起こす者は聖職者の反感を集めるようになった。特に中世末から近世にかけてのヨーロッパ社会では、魔女は悪魔と契約を結んで得た力をもって災いを成す存在と考えられ、多くの人々が魔女に仕立て上げられ迫害を受けた。
 人々の不満や怒りは「魔女狩り」 という行為に向けられ、キリスト教に反する「異端者」としての魔女は迫害され、魔女だと自白させるために拷問にかけられ、最後には魂を浄化させるという名目で火あぶりの刑に処せられた。

 また、宗教改革が起こったのもこの時期であり、宗教改革を発端とする戦争が各地で始まった。寒冷な気候によるたびかさなる飢饉と貧困、さらにペストの大流行、多くの困難、多くの災いが魔女のしわざとされ、「魔女狩り」が行われるようになる。魔女の疑いをかけられた者は「魔女裁判」にかけられた。

 魔女であることの証明は、疑いをかけられた者の自白によった。そのため「魔女裁判」では正当な手段として拷問が行われ、拷問に耐えて自白しなければ魔女ではないとして釈放されたが、耐えきれずに魔術を使ったことを認めてしまうと魔女として処刑された。

4章 想う(おもう)
 18世紀以降、「魔女狩り」に代表される魔女への差別と迫害の時代は終わりを告げる。魔女のイメージはゆっくりと変化して、魔女の持つミステリアスな雰囲気、魔法という未知の能力などが魅力となり、ファンタジーの世界のヒロインとして、多くの作品に登場するようになる。
 日本でも魔女はアーテイストたちを魅了し、創作意欲をかきたてる愛すべき時代を越えたテーマに生まれ変わり続けている。

【写真3:サバトと呼ばれる魔女の夜会に行く前に、先輩魔女が新米魔女にその作法を教えているシーンを描いたもの】

エピローグ

 魔女とは女性の魔法使いを指し、神や精霊の力で奇跡を起こした人々のことである。キリスト教から見ると人を誘惑して堕落させる悪魔と契約して得た力で邪悪な術を行う魔女は神の敵となる。
 このような説明を受けると、私こと龍楽者は、キリスト教において邪悪なものとされる「ヨーロッパのドラゴン」を類推してしまう。
 しかし、天災、飢饉、疫病、争い(戦争)、などの災いが魔女のせいにされ、魔女がスケープゴートになっているのに対し、ドラゴンは人に悪さをしかけ、善の象徴である天使に戦いを挑むなど攻撃的な面も強調される。

 「魔女」も「ドラゴン」も邪悪なものの象徴であるが、《魔女の秘密展》で魔女の歴史的な位置づけを知るにつけ、ドラゴンの概念とは明らかな違いがあると理解した。

 余談だが、写真2で紹介している『空飛ぶ魔女』はアルブレヒト・デューラーの銅版画であり、『4人の魔女』も展示されていた。
 《魔女の秘密展》でデューラーを見ると思わなかった。2007年にマドリッドのプラド美術館で見た『アダムとエヴァ』や2010年にミュンヘンのアルテ・ピナコテークで見たデューラー初期の代表作である自画像の強烈な印象が甦った。
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