龍が初めて登場したメソポタミアのシュメール
【メルマガIDN編集後記 第377号 170101】

 龍がどこで生まれたのかを探して行くと、古代メソポタミアに辿り着くと言われている。ティグリスとユーフラティス河の流域には、前五千年頃から、ムギを中心に農業に従事した人びとが住んでおり、そこにシュメール人が侵入し、治水と灌漑によって農業を盛んにし、商・工業を発展させ都市国家を築いた。その後、メソポタミアのシュメール文明はバビロニア文明により滅ぼされる。
 この歴史と当時の神話を重ねてみると、旧勢力である「シュメール=ティアマト神=龍」は、新勢力である「バビロニア=マルドゥク神=牡牛」に対立する悪神で、退治されるべきものだとされる図式が見える。
 龍が生まれた起源とされる地で、蛇や龍(ドラゴン)が悪神視され、「退治されるもの」になった謂れについて解明ができると、ヨーロッパのドラゴンが、悪の化身・邪悪・悪魔とされる原点を知る縁となるが、一筋縄では解明出来そうにない。


メソポタミアの歴史と神話と守護神
【作成:生部】


円筒印章に彫られた
マルドゥクがティアマト(龍)を退治する場面
図:Art Of The Dojo – JMSmith.orgより】


ムシュマッヘ(七岐の大蛇)を退治する様子
ティアマトが生み出した11の怪物のひとつ
ameblo.jp/hex-6より】


マルドゥクと隋獣の龍(ムシュフシュ)
(聖獣ムシュフシュの背に乗るアッシュル神との説あり)
図:ウィキぺディアより


石板に描かれた神と怪獣の戦い
(これをマルドゥクとティアマトの戦いと見る研究者もいる)
【図:ウィキメディア コモンズより


メソポタミア神話(古代オリエント神話)
 「メソポタミア神話」というのは「川の間の地域」という意味のメソポタミアの地方に伝わる神話である。メソポタミア地域の神話が現在知られている神話の形に成るまで三つの段階がある。
 最初にシュメール人が考えたのが「シュメール神話」である。これは楔形文字で粘土板に書かれた、世界最古の神話とされる。
 次にシュメール人を支配したアッカド人が継承した「アッカド神話」である。アッカド神話は大きくバビロニア神話とアッシリア神話に分かれるが、これは言語の違いだけであり、内容にほとんど差はない。 その大部分はシュメール神話に類似、或いはそのままの状態で継承されている。特に神々の名前など、シュメール神話同様のものが扱われる。
 そして、この段階でほぼ現在に知られている古代メソポタミア地域の神話は確立した。これらを総称して「メソポタミア神話」、あるいは「古代オリエント神話」とも呼ばれている。

シュメール人が都市国家を形成
<先住の民>
 ティグリスとユーフラティス河の流域には、前五千年頃から、小規模ながら灌漑を伴い、ムギを中心に農業に従事し、大地母神や女性像、蛇の信仰を持っていたと思われる人びとが住んでいた。
<シュメール>
 前四千年紀の後半にシュメール人が侵入し、メソポタミアの南部、両河の流域に人類最初の都市国家を築いた。インダス文明より五百年ほど早く、中国の黄河文明より千年以上古い。
 シュメール人がどこからきたのか、その正体はつまびらかでないが、メソポタミアに定住する以前には牛を飼う牧畜にたずさわり、天や牛を崇拝していた民族だったと推察されている。シュメール人は、ティグリスとユーフラティス河の治水と灌漑によって両河の肥沃な三日月地帯とし農業を盛んにし、商・工業の発展にともない都市国家の形成を促した。

シュメール人のティアマト信仰
 シュメール人は、古い文字である「楔形文字」を生みだし、それによって世界最古の神話と言われる「シュメール神話」を遺した。
 旧世代の神「ティアマト」は、シュメールの時代から古代メソポタミア文明で長く語り継がれて来た聖獣。ティアマトは七俣の大蛇など11の怪物を生み出したといわれるが、ムシュフシュ(サソリ尾の龍)もその一つ。ムシュフシュはシュメール語では「怒れる蛇」という意味であり、その姿は、頭と胴体と尾は毒蛇(またはサソリの尾)であり、前足はライオンで後足はワシ、頭には2つの角を持っているとされる。
 シュメールの都市国家遺跡から発見された「円筒印章」(粘土板に転がして文字や図柄を写す円筒形の印章)には、龍または竜蛇と思われるような図柄がある。
 ここで着目すべき点は、先住の民が崇拝したのは「蛇」であるが、シュメールの時代には、蛇とはいいながら蛇を超えるシンボルが創られ、この怪獣が「龍(ドラゴン)」として登場したことである。

バビロニアの時代
 バビロニアの創世神話『エヌマ・エリシュ』では、旧勢力であるシュメールの「ティアマト=龍」は、新勢力であるバビロニアの「マルドゥク=牡牛」に対立する悪神として退治される。マルドゥクは「太陽神ウトゥの子牛」の意で、牡牛神と考えられている。
 神の国にいる牛の神たちは焦りを覚えて悪魔(龍の神)の討伐を決意する。牛の神たちは軍隊を派遣してシュメール文明を滅ぼし、新たに自分たちの息のかかったバビロニア文明を創造する。
<龍と牛>
 牛が龍を滅ぼすというのは、この時代にどのような意味を持つのだろうか。当時、牛が農業に多く寄与をしたこともあるが、決定的な理由は牛車にあった。これは運搬用としてだけではなく戦車としても使用され、王権のシンボルとなったのである。
 マルドゥク(=牡牛)がティアマト(=龍)を退治するというバビロニア神話は、農業で繁栄したシュメールを、軍事力にたけた牧畜民であるバビロニアが征服者として支配する歴史を示すメタファとみることができよう。
 バビロニア神話では、メソポタミアのシュメール人が崇拝するティアマト(=龍)を、耕地も家畜も家屋も飲み込んでしまう混沌の象徴として退治されるべきものと位置づけている。

バビロニアの守護神マルドゥク
 ティアマト(=龍)を退治したマルドゥクはバビロニア王の化身とされ、その姿は「目は四つだった・唇は動くと火が燃え上がった・耳は四つともそれぞれ大きく・それら同様、目も森羅万象をことごとく見尽くす・彼は神々の中でも背が高く・彼の四肢はことのほか長く・丈は上半身だけが群を抜いていた(荒川 紘 龍の起源)」とされる。

エピローグ
 自称龍楽者は「退治される龍(ドラゴン)」として、下記の4つを典型としてとらえてきた。
 ①勝者が敗者を悪とする
 ②異文化や異教徒を悪とする:キリスト教(ヨハネの黙示録・聖ゲオルギウス)
 ③危害を与えるものを悪とする:自然の驚異や暴力
 ④抑圧されるものが独裁者を悪とする:カタルーニャのフランコ、ヒトラー
 シュメール人のティアマト(=龍)は、バビロニアに滅ぼされた敗者(①)であり、大洪水を起こす悪獣(③)として「退治される龍(ドラゴン)」と位置づけられている。
 世界で最初に登場した龍を求めて、メソポタミアやバビロニアの歴史や神話の世界に踏み込んだが、「歴史」と「神話」の関係をすっきりと納得することは難しい。シュメール人が守護神とするティアマトは、《蛇を超える巨悪なものを求めて蛇を進化させ、その時の為政者や人びとが神話の中で新しいイメージを創り、シンボルとした最初の龍(ドラゴン)である》、というのが自称龍楽者の現時点の理解である。
【生部 圭助】

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