謂れとかたち
気比神宮の十二支の辰の土鈴


気比神宮参拝の土産として十二支の土鈴をいただいた
箱に「開運 十二支辰」と書いてある
この土鈴は、江ノ島で買い求めたのと全く同じもの


十二支の辰の土鈴


正面

側面


気比神宮のある敦賀の地
敦賀湾の最奥部。京都から北上して、日本海へ向う道の終着点
敦賀は北陸道諸国から畿内への入り口である
対外的にも朝鮮半島や中国東北部への玄関口にあたる要衝

気比神宮
神宮は「北陸道総鎮守」と称されて朝廷から特に重視された神社だった
中世には越前国の一宮に位置づけられた
福井県から遠くは新潟県まで及ぶ諸所に多くの社領を有していた

海神
祭神は上古より当地で祀られた在地神、特に海人族によって祀られた海神であると解されている

軍神
神功皇后は、仲哀天皇の突然死を経て新羅に遠征(三韓征伐)
帰途に太子(誉田別尊:応神天皇)を産んだ
皇后と太子がヤマトへ戻る際に謀叛があったが無事平定
一連の出征の始まり・終わりを成したことから古くは軍神として崇敬された

伊奢沙別命(いざさわけのみこと)
古事記と日本書紀によると
誉田別尊(15代応神天皇)が立太子の時、武内宿禰と越国(北陸)に行き
敦賀の氣比大神(伊奢沙別命 イザサワケ)と名前を交換したとある
【易名説話】

気比神宮の祭神より知る古代史
本殿と四社の宮に祀られる7神は古代史において重要な役割を担う
時代が下がって
越前から出た応神天皇五世孫の継体天皇(第26代)との関りも深い

本殿(本宮) 伊奢沙別命(いざさわけのみこと)
仲哀天皇
神功皇后
四社の宮 日本武尊(東殿宮)
応神天皇(総社宮)
玉姫命(平殿宮)
武内宿禰命(西殿宮)
七祭神


祭神関係図

気比神宮
住所:福井県敦賀市曙町11-68
電話:0770-22-0794

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