謂れとかたち
向拝の龍の妻飾り:牛頭天王堂

自性院(じしょういん 寺号 本覚寺)
自性院は、慈性(平治元年1159年寂)が開基となり創建したと伝えられる
自性院境内の牛頭天王社が羽田村・羽田猟師町の総鎮守として祀られていた

牛頭天王社は、明治維新の神仏分離で、八雲社と改称して独立
さらに発展して明治40年に隣接、羽田神社となった

牛頭天王とは素戔嗚尊(すさのおのみこと)
京都の八坂神社(祇園社)は牛頭天王社・祇園天神・武塔天神などと呼ばれ
北野天満宮と並び京都有数の神社として発展した

牛頭天王堂
現在境内に残されている牛頭天王堂は
文久元年(1861)、大森の弁天神社(三輪厳島神社)の社殿として建てられたもの
昭和4年(1929)に自性院の境内に移築された
文久元年(1861)の棟札から
荏原郡下袋村の大工棟梁・稲葉音治良・信重の仕事と分かる


自性院正門


牛頭天王堂 自性院の境内にある 


向拝


向拝 たくさんの彫刻を見る 

向拝の龍の妻飾り:玉巵と龍
水引き虹梁の上にある妻飾りは、玉巵(ぎょくし)
太真王夫人は支那列仙の一なり
王母の少女玉巵なり
一絃琴を弾ずる毎に、即ち百禽飛来するという
時に白龍に乗り周く四海を遊行すという
【『画題辞典』斎藤隆三】


向拝の龍の妻飾り


玉巵(ぎょくし)は時に白龍に乗り周く四海を遊行すという

自性院・牛頭天王堂
住所:東京都大田区羽田3-9-10
撮影:2021年7月
210723/210803

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