龍の謂れとかたち


謂れかたち

戸田幸四郎の絵本「竜のはなし」
宮沢賢治の作品の中に手紙シリーズとして4つの作品がある
絵本「竜のはなし」は「手紙一」を物語として描かれている

絵本の物語はやさしい口語体で書かれている
戸田幸四郎の文章をそのままここに掲載するのははばかられるので
もとの文章を使わせてもらうことにする
宮沢賢治の死後70年を経過しているので、著作権的にも問題はないとおもわれる。

宮沢賢治学会イーハトーブセンターでは、
マイクロテクノロジー社の「宮沢賢治全童話集」のテキストファイルから
HTML形式に変換して、全98編の童話が読めるようにしている
このプロデュースを担当している渡辺 宏様より利用する許可をいただいた
写真のあとに「手紙一」の全文を掲載する

絵本には最後の2行は本文には省かれており
最後の1行「このはなしはおとぎなばしではありません。」は
表紙をめくった最初に書かれている

メルマガIDN第118号(07/03/01発行)の編集後記に関連する文章を書いている


表紙(サイズ 312mm×232mm)


********************************宮沢賢治「手紙一」(全文)***********************

むかし、あるところに一疋の龍がすんでゐました。
 
力が非常に強く、かたちも大層恐ろしく、それにはげしい毒をもってゐましたので、あらゆるいきものがこの龍に遭へば、弱いものは目に見ただけで気を失つて倒れ、強いものでもその毒気にあたつてまもなく死んでしまふほどでした。この龍はあるとき、よいこゝろを起して、これからはもう悪いことをしない、すべてのものをなやまさないと誓ひました。
 
そして静なところを、求めて林の中に入つてじつと道理を考へてゐましたがとうとうつかれてねむりました。
 
全体、龍といふものはねむるあひだは形が蛇の様になるのです。
 
この龍も睡つて蛇の形になり、からだにはきれいなるり色や金色の紋があらはれていました。
 
そこへ猟師共が来まして、この蛇を見てびつくりするほどよろこんで云ひました。
 
「こんなきれいな珍らしい皮を、王様に差しあげてかざりにして貰ったらどんなに立派だらう。」
 
そこで杖でその頭をぐつとおさへ刀でその皮をはぎはじめました。龍は目をさまして考へました。
 
「おれの力はこの国さへもこわしてしまへる。この猟師なんぞはなんでもない。いまおれがいきをひとつすれば毒にあたつてすぐ死んでしまふ。けれども私はさつき、もうわるいことをしないと誓つたしこの猟師をころしたところで本当にかあいさうだ。もはやこのからだはなげすてゝ、こらへてこらへてやろう。」
 
すつかり覚悟がきまりましたので目をつぶつて痛いのをじつとこらえ、またその人を毒にあてないやうにいきをこらして一心に皮をはがれながらくやしいというこゝろさへ起しませんでした。
 
猟師はまもなく皮をはいで行つてしまひました。
 
龍はいまは皮のない赤い肉ばかりで地によこたはりました。
この時は日がかんかんと照つて土は非常にあつく、龍がくるしさにばたばたしながら水のあるところへ行かうとしました。
 
このとき沢山の小さな虫が、そのからだを食はうとして出てきましたので蛇はまた、
「いまこのからだをたくさんの虫にやるのはまことの道のためだ。いま肉をこの虫らにくれて置けばやがてはまことの道をもこの虫らに教へることができる。」 と考へて、だまつてうごかずに虫にからだを食はせとうとう乾いて死んでしまひました。
 
死んでこの龍は天上にうまれ、後には世界でいちばんえらい人、お釈迦様になつてみんなに一番のしあはせを与へました。
 
このときの虫もみなさきに龍の考へたやうに後にお釈迦さまから教を受けてまことの道に入りました。
 
このやうにしてお釈迦さまがまことの為に身をすてた場所はいまは世界中のあらゆるところをみたしました。
 
このはなしはおとぎなばしではありません。

【限定版】

070228
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