謂れとかたち
島穴神社の懸魚の龍


島穴神社
島穴神社は、景行天皇40年(114)に日本武尊が走水から上総へ航行中に暴風に遭遇
弟橘姫命が入水して暴風を鎮めたことから
弟橘姫命の遺志により当地に「志那都比古尊」を祀り創建した
陽成天皇8年(884)には正五位上勲五等に神階を授けられ
延喜式神名帳にも「海上郡二座(並小)島穴神社」と記載されている古社
その後も将門降伏の勅願や源頼朝からの神田寄附など崇敬を受ける
明治4年郷社に、明治12年には県社に列格した


島穴神社 正面


島穴神社 社殿


社殿

拝殿の懸魚(げぎょ)
「懸魚」は神社仏閣の破風(はふ:切妻屋根の妻側の三角形の部分)に取り付けられる
「懸魚」は「掛魚」ともかかれ、「けんぎょ」と呼ばれることもある
魚を吊るしたような形に似ていたことからこの名がついた

建物の一番の敵は火災、名前に「魚」がつくことから「防火」を願って昔からつけられていた
向拝の屋根の唐破風の先端の破風の拝みの部分《兎の毛通》に龍の彫刻を見る

向拝の屋根にも多く見られ、曲線状の装飾的につくられた屋根を呼ぶ
唐破風の先端の破風の拝みの部分《兎の毛通》のところに龍の彫刻を多く見る
唐破風などにつけられた懸魚は、懸魚の範疇を越えて華美な彫刻になっている


唐破風の懸魚と向拝の龍の彫刻


唐破風の先端の拝みの部分《兎の毛通 》に懸魚が飾られている


懸魚


懸魚の頭部

島穴神社
住所:千葉・市原市島野1129・1130
撮影:2021/04/08
210409/210623

島穴神社の向拝の龍
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